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第十四章 反撃・反目・別れ(3)

「何をバカなことを……俺のこれまでの理法共和国への忠誠ぶりは将軍もご存じであろうに。俺は国家への忠誠のあまり、家族をも失った男だぞ。今さら逃げることなどあり得ん」


 ゼブラはベックに告げる。

 それに対しベックは、無言で腰の長剣をスラリと抜き放つ。

 

「ゼブラ様……」

「マダムやめろ。手を出すな」

 気色ばんだマダム・グロサリアに自重するよう促すゼブラ。


「ほう。魔道ペンのあるじが逆らうなら、辞書精霊も反抗的というわけか……この裏切り者どもめが!」

 言い終わらぬうちに、ゼブラへと斬りかかるベック。


「……お父さんっ! 逃げて!」

 叫ぶネネ。

 その声に驚くゼブラ。

「お父さん……だと?」

 

 ゼブラに剣の切っ先が当たりそうになった瞬間、マダム・グロサリアが動き、ベックの動きがピタリと止まる。グロサリア得意の金縛りだ。


「うっ、動けん……くそっ、この◎◇▲¥×☆!」

 ベックの、文字にできないほどの罵詈雑言に苦笑いするゼブラ。


「マダムすまなかったな。助かった。ついでに将軍の口にも金縛りをかけておけ」

「はい、ゼブラ様」


「さて、参謀長殿はどうされるか? 抵抗するなら多少なりとも痛い目に遭っていただくが……」

「……いや、抵抗するつもりはない。できれば将軍ともども、この天幕を退去させていただきたいのだが」


「わかった。だが用事が済むまで少し待っていただこうか。それまでおとなしくしておられよ。……マダム」

「はい」

 参謀長にも金縛りが掛かり、天幕は静かになった。


 ようやくゼブラは、ネネと正面から向き合う。

「ネネ?……おまえ、ネネなのか?……」

「そうだよ、ネネだよ。お父さん……」

 茫然と立ちすくむふたり。だが複雑な想いが交錯して、ふたりは寄り添うことができない。


「……久々の親子の再会が、こんな形になるとはな」

「お父さん……」

「ネネ、大きくなったな。心配したぞ……いや、父親らしいことを何一つしていない俺が、こんなときだけ父親ヅラなどできる義理ではないか。すまんな……」

「…………」


「ネネ、もうすぐ俺はすべてを終わらせる。その時おまえがここにいると、おまえも危険に巻き込まれる。ネネ、今すぐこの戦場からできるだけ遠くに逃げろ」

 ネネが目を丸くしてその場で固まる。だがその衝撃を振り切って、ネネはゼブラに向かって叫ぶ。

 

「何言ってるのお父さん! イヤだよそんなの。それにわたし、今エルンの専属秘書官なんだよ? お父さんとエルンが戦うのなんて……見たくないよ!」


「エルン?……まさか、おまえ……エルン・エルンストの秘書官なのか?……そうか。しかし……何でそんなことに?」


「いろいろ事情があって……だからお父さん、すぐに戦争をやめてよ。そしたら詳しい事情も説明できるし、エルンも紹介できる。ね、お願いだから……」


「いくらおまえの頼みでも……それは、できんな」

「どうして?!」


「俺はもう、いろんなものを背負い過ぎた。たくさんの人を殺し、傷つけ、破壊した。敵も味方もな。今回の戦いもそうだ。ここまでにしてもらった理法共和国への義理もある」

「…………」


「だから俺は、ここらあたりですべてを終わらせる。おまえはおまえの道を歩め。……おまえが側にいるんだったら、エルンストはきっといいヤツなんだろう。だが俺はヤツと決着をつけねばならんのだよ……すまんな」

 

「お父さん……お父さんの、バカ! わからずや! ……そんなの、そんなのおかしいじゃん! なんでたったひとりの娘の言うことを聞いてくれないのよぉ……ばか、ばか……ばかぁ……」

 涙ながらのネネの罵倒を黙って、微笑みながら聞くゼブラ。


「マダム、参謀長の金縛りを解いてやってくれ……参謀長、ネネを安全なところへ……ここからできるだけ遠くへ逃してやってください。なにとぞ……よろしくお願いします」

 ゼブラは参謀長に深く頭を下げた。


「わかりました……お任せください」

「……ではネネ、元気でな。最後の最後におまえと会えて、俺は本当に幸せ者だ。おまえの母を愛し、おまえと出会えたことが俺の生きてきた意味だと思うよ。本当にありがとう。嬉しかったよ。そして……さらばだ」

 

「さあ……行くぞ」

 金縛りが掛けられたままのベックに肩を貸しながら、ネネを促す参謀長。


 名残惜しそうにしていたネネは、やがて弾けるようにゼブラに駆け寄り、正面からゼブラに抱きついた。

「お父さん!……大好きだよ!」

「ネネ……」


 しばらくのハグの後にネネは身を離すと、ゼブラの姿を目に焼き付けるように、正面を向いたまま二歩、三歩と後ろに下がる。

 そして振り切るようにゼブラにくるりと背をむけると、天幕の外へと走り出ていった。

 ゼブラはただ黙って、それを見送る。


「……ははは。長年にわたって胸の奥に詰まっていたものが消え去ったような気分だな。これで心置きなく全力で戦える。マダム、最後まで世話を掛けるな」

「…………いえ」


「では、やるか!」

「はい。ではゼブラ様、ご指示を」


「アカシック平原の現時点の戦闘領域および敵書記官の所在地を中心として、校正最終奥義『一括全消去デリート』を発動する。まず『歪んだ空間』を敵書記官および戦闘領域へ広域接続せよ!」


「承知しました。敵書記官のこれまでの対応から所在地の逆探知を実施。また並行して、敵騎士の特殊効果発信源の特定を実施。……各ポイント特定完了、続けて『歪んだ空間』の広域接続を開始します」


(エルン・エルンスト……ようやく会うことができるな。娘の見る目が確かかどうか、俺のこの目で見極めてやる。もし万一取るに足らぬような者であるなら、俺自らの手で貴様を地獄に叩き込んでくれるわ!)


「さあ、いよいよこの戦いも最終局面やな。バルガス将軍はまもなく敵司令部に突入しそうや。敵が降伏するか、最後まで戦うのか、いずれにせよ油断はできへんがな……」


 帝国軍のはるか後方、擬装された天幕の中でアンとエルン、それにリリアは戦場を映し出す『歪んだ空間』を見つめている。

 

 と、その『歪んだ空間』の画面が急に乱れ始める。

「あれ? この画面乱れ、どうしたんだリリア?」

「……この乱れ方、もしかすると敵校正官からの干渉かもしれないわ」


「そうやな……ま、まさか……広域接続か? だとしたらヤツら、最終手段に訴えるつもりや!」

「最終手段……って、なんだ?」


「校正官には最終奥義『一括全消去』という技があるわ。魔道的に干渉した全領域を消去し、無に帰す技。発動すれば敵味方すべてが消え去る。『伝説の校正官』は私たちもろとも、すべてを消し去るつもりだわ!」

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