第十四章 反撃・反目・別れ(1)
「あらっ? あらあらパピ、何かお話ししたいことがあるのね。お姉さんにお話ししてごらん?」
リリアが日頃は聞けないような猫撫で声で、自分の胸に向かって話しかける。そうすると、その声の主がリリアの胸ポケットからぴょこん!と姿を現した。
辞書精霊だ。
(これがリリアの辞書精霊?!)
リリアのキャラクターとのギャップに、エルンは心の中で驚く。
綿毛のようにふわふわした質髪の、ちんまりとした女の子。
ミニサイズの戦時正装を着ているが、ぶかぶかで袖から手が出ていない。ベレー帽も大きすぎ、目元まで落ちてきてしまうのを何度も手で上げている。
「あのね、リリアさま。パピね、リリアさまに頼まれてからずーっと、ゔぉるがっしゅ首席書記官のお部屋を監視してたの。見つからないようにちっちゃな『歪んだ空間』を開けてね、ずーっと見てたの? えらい?」
「うんうん。偉いねーパピは。それでそれで?」
「そしたらね、ゔぉるがっしゅとしふぉんがお話ししててね、しふぉんが『記録の尖塔群の一室からネネ・レッドラインを連れ出して、そうしれいかんに引き渡す』って言ってたの」
「えっ! ネネを総司令官に引き渡す?!」
聞いていたエルンが、思わず声を上げる。
「それでパピね、急いで『歪んだ空間』でネネ・レッドラインのお部屋を見に行ったんだけど、ネネ・レッドラインはもうお部屋に居なかったの」
「えーっとパピ、それ、いつ頃のお話かな?」
「えっとね、わたしたちが森羅宮を出発してすぐくらい?」
「パピ……それって、とーっても大事なお話なんだけど。どうしてもっと早くお姉さんに教えてくれなかったの?」
「あ……えーっと。だって、最初は馬車でガタガタ動いて気持ち悪くなっちゃったし、その後はドカンドカン、ワーワーって兵隊さんが大騒ぎするから怖くて……ごめんなさい……」
パピはしゅん、とすると、しおしおとリリアの胸ポケットの奥に潜り込み、そのまま出て来なくなってしまった。
「パピ? パピ、気にしなくていいから。別に怒ったわけじゃないのよ? ……それにしても困った。困ったわ」
(さすがのリリアでも、ネネを拉致されたのはマズい、と思うよな……)
「またあの子が……パピがスネてしまった……本当に困ったわ……」
「おいっ!『困った』って、そっちかよ!」
思わずエルンは口に出して、リリアにツッコむ。
そんな茶番を無視して、アンが深刻な顔で告げる。
「もうネネは敵の手に落ちとる可能性が高いな……ネネは大丈夫やろか……捕まえとるシフォンに今の状況を吐かせることはできるかもしれんが……」
「……いや、それは後だ。今はバルガス閣下たちを救おう。ネネは校正官の娘だろ? 敵だってそんな簡単に危害を加えたりはしないだろうさ……」
希望的観測で自分を騙し、エルンは目の前の現実に向き合おうとする。
(ネネ、すまん。少しの間だけ無事でいてくれ。必ず助けに行くから)
かつて震えてばかり、流されてばかりだったエルンは、今はもういない。
「さあアン、リリア、反撃の時間だ! こんなの逆境じゃない! 逆境と思うかどうかは考え方ひとつだ! 逆境と思わなければ、逆境じゃない! はっはっは!」
この苦境を笑い飛ばそうと、エルンはわざとそう言い放つ。
「エルン様、さすがですわ……それでこそ『聖書記官』です。私そんなあなたに、身も心も『校正』されたいわ……」
エルンの発言に、リリアはうっとりしている。
「『逆境と思わなければ、逆境じゃない』やと? フンまったく能天気なこと言ってくれる。結局最後、知恵出しはいっつもうち頼みなんやから――ん?……本人が逆境と思わなければ、逆境じゃない?……本人が?……」
アンが急に黙り込む。
「さてこれから、どうやって反撃したら――」
エルンが口を開こうとした時。
「エルン!!! それや!!! 本人がそう思わんかったらいいんや! そのアイデア、いただきや!!!」
「……は、はい?」
「アン・アンサー、いったいどうしたの? いつも沈着冷静なあなたが――」
「リリア、エルンがいつぞや『Deed(功績)』と書いた『戦死者報告書』、すぐ出せるか?」
「ええ、魔道書庫に入っているから、出そうと思えば出せるけれど……それがどうしたの?」
「一刻を争うんや! ここへすぐ出してんか?!」
「何なんですの、急に……ええと……」
魔道ペンをくるくるっと回すと、リリアの手元に羊皮紙の束が現れる。リリアがパラパラと束をめくり「あ、これね……」と取り出すのをアンが強引に奪う。
「ちょっと! なにするのよアン!」
「これや……これ! これ見てんか?」
アンの示す『戦死者報告書』にはバルガス将軍はじめドラグナーやノクスたちの名前があり、名前のところに『Deed(功績)』と書いてあるが、それが赤い二重線で消され、『Dead(死亡)』に書き換えられている。
「やっぱりや……エルン、ここに書き加えるんや!」
「書き加える? 何を?」
「こう書くんや。『(注)ただし本人の主観では死んでいない。これまで付与されていた特殊効果も出せる』とな。バルガス将軍以下の軍団長、連隊長すべてに!」
「……そうか! これ、校正技『注釈』ね! これなら戦えるかも?!」
「『注釈』? ナニそれ? そんなんでなんとかなるのか? オレにはよくわからんが……」
「ゴタクはええ! すぐやらんかい、エルン!」
「そうよ! エルンすぐやりなさい! 今すぐに!」
アンとリリアのかつてない迫力にたじろぎながら、エルンは羊皮紙のうえに魔道ペンを走らせる。
「丁寧に! 丁寧に書くのよ! いつものミミズ文字じゃ今日はダメ! 間違えてもダメだからね! だけど急いで!」
「はいはい、今やってるから……ったく、注文ばっかり多いよなぁ。えっと、ほんにんの、しゅかんでは……だせる、っと。次……」
エルンが一文を書き終えるたび、羊皮紙から白い光が発せられ、ドーン!という爆発音が響く。それが続けて五回、繰り返される。
「さあ、どうや……?」
「…………」
「………………」
エルン、アン、リリアが固唾を呑んで『歪んだ空間』を見つめる中。
敵味方の鎧や武器が折り重なって山になっている一角が、突然「どっかーーーーん!」という大きな爆発音とともに、金属片となって散り散りに吹き飛んだ。
その爆心に開いた大きなクレーターのど真ん中に、巨大な火柱が上がっている。
その中心部に浮かび上がる大きな騎士の影。
「うおおおーーーーっっっ! 見ろ、わしのこの漲る力を! まるで今この瞬間、わしは歴史に刻まれるような『功績』をふたたび天に予約した気分だ!」
轟々たる火柱の中に、復活したバルガス将軍が立っていた!




