第十三章 アカシックの戦い(3)
(敵の戦闘情報の改ざんが行なわれたということは、内部工作は失敗したと見るべきなのだろうな)
ゼブラ・レッドラインは口には出さなかったが、そう理解した。
間を置かず、それを裏付ける情報が飛び込んでくる。
「ゼブラ様」
「なんだ、マダム・グロサリア」
「先ほど潜入者との間に繋いでいた『歪んだ空間』が強制切断されました。切断時の状況から、おそらく潜入者は敵に排除された可能性が高いと思われます」
「そうか……」
(自信たっぷりに『伝説の校正官よ、おまえの出る幕はない』などと言っていたが、所詮はその程度か……まあ敵の手駒を奪えただけ良しとしようか)
「それでエン・ニョウ、敵の情報改ざん内容は?」
「はい、観測内容からすると、敵最前線付近で鎧を『強化鋼』とする改ざんが行なわれたものと推察。エビデンスとして味方の武器が次々と折れています」
「わかった……では、グロサリア」
「はい、ゼブラ様」
「敵軍の改ざんを校正。校正名『ルビ打ち』。『強化鋼』との改ざんに対し「紙のよう」とルビ打ちし、鎧を弱体化せよ!」
「承知しました。『ルビ打ち』、校正内容は「紙のよう」……発動!」
ゼブラの赤い魔道ペン『ジャスティス・レイ』を使ってルビ打ち校正された羊皮紙から、赤い光が発せられる。
それと同時にドーン!という爆発音が戦場に響き渡った!
羊皮紙から発した赤い光が戦場を覆い尽くすと、帝国軍の騎士や兵たちの鎧は、まるで紙でできているかのようにペラペラに変化した。
そこへロゴス兵の槍や斬撃が加わり、帝国軍の長槍兵は鎧など装備していないかのように、次々と切り倒されていく。
「な、なんだ? 強化鋼になったはずの鎧が……次々に斬られていくぞ?! 何が起きた?!」
長槍兵がどんどん倒れていくのを見たエルンは、驚愕した。
「え、オレ、書き損ないでもしたか? もしかして、またやらかした……?」
慌ててエルンは『軍備補充申請書』の羊皮紙を確認する。すると、なんとエルンが『強化鋼』と書いた文字の上に、赤々とした文字で「紙のよう」というふりがなが打たれているではないか!
「な、なんだこれは……」
愕然とするエルン。
「……こりゃあ、校正官の校正技『ルビ打ち』やな……われわれが放った魔道記録に対する校正官の修正技や。それもこれだけ強力な効果が出せるのは……たぶんグロサリアの仕業や」
「グロサリアって、さっきアンを金縛りにした、敵の辞書精霊?」
「ああ。おそらくマダム・グロサリアは今『伝説の校正官』の魔道ペンに宿っとるんやろう……こりゃだいぶ手強いぞ」
「何か対抗する手段はないの? このままだと長槍兵が全滅してしまう!」
リリアはシフォンに代わってエルンを補佐するため、引き続き天幕に残っていた。
そのリリアが叫び声を上げる。
「そうやな……苦しいが、まずは鎧の再強化か……うまくいけばええが」
「アン、なんでもいいから知恵を貸してくれ! どうすればいい?!」
「そしたら……そう、敵の『ルビ打ち』をこっちから再修正や。エルン、「紙のよう」と書かれたのを「神のよう」に書き換えるんや!」
「書き換え……「神のよう」……これで、どうだっ!」
「『ルビ打ち』の効果観測。敵の長槍兵は次々に倒れつつあります。効果大!」
戦闘検字官エンがゼブラに効果報告する。
「効果了解。敵の長槍兵を一気に崩壊させるぞ」
ゼブラが次の指示をグロサリアに出す。
「続けて校正名『トル』を発動。敵保有の『長槍』から『槍』を「トル」校正を実施……グロサリア頼む」
しかしその時、戦場は新たな白い光に包まれた。
「て、敵の新たな改ざんを観測! 校正名『ルビ打ち』に対するものです。効果観測中!」
それと入れ替わりに、ゼブラの指示をグロサリアが復唱する。
「長槍兵に対する追加校正、校正名『トル』、『長槍』から『槍』を「トル」校正を……発動!」
マダム・グロサリアが更なる校正を発動した。
再度、戦場は赤い光に包まれる。
ゼブラとエルンとのせめぎ合いの結果、帝国の長槍兵はどうなったか。
エルンの放った「神のよう」への書き換えによって、ペラペラの鎧は薄さはそのまま、素材が「神の後光」のように輝く謎のバリアに変化した。
なんとペラペラの薄さのままなのに、どんな攻撃も絶対に弾く「防御力:神(物理)」のチート装備が爆誕してしまったのだ!
帝国軍の長槍兵たちは狂喜乱舞した。
「こ、これは……敵の攻撃がまったく効かぬ! 槍も剣も一切通らないぞ! これはすごい!」
「こんなことができるお方は……『聖書記官殿』だっ! 間違いない、エルンスト書記官さまが我らをお守りくださる!」
「エルン様が我々に神のご加護をくだされた!」
長槍兵たちは、この機に乗じて一気に敵に痛撃を加えようとした……のだが。
ゼブラの放った「長槍から『槍』をトル校正」によって、長槍兵の持つ槍からは「槍」という概念が失われていた。つまり槍の穂先はなくなり、ただの長い棒だけが手元に残る状態になっていたのだ。
ロゴス軍の攻撃はすべて跳ね返せるが、帝国軍としての攻撃は単に細い棒でペチペチ叩くだけ、というシュールな攻防が最前線で展開される。
「うわ、何コレ……せめて何か攻撃手段を……えーい、これでどうだっ!」
エルンが魔道ペンで『軍備補充申請書』に何か書き足す。すぐに白い光が放たれ、ドーン!という爆発音が響いた。
「おい、エルン。おまえ今、いったい何書いたんや?」
「ああ、いま長槍が『長』だけになってたから、追加の『ルビ打ち』で『おさ』と書き足した!」
「は? エルン、『おさ』ってなんや? どういう意味? 何かの攻撃手段か?」
「いや、その……『長』っていう字は、ふりがなだと『おさ』だなぁ……と思って。あ、あはは……」
「……エルン、あのな、自分もうちょっと考えようや。戦闘中に魔力を無駄遣いすな! あーもう!」
アンはエルンのいい加減さに頭を抱えた。
「敵の更なる改ざんを観測! 再度『ルビ打ち』攻撃が発せられましたが……これは、何だ? 『おさ』? どういう意味だろう……」
「『おさ』だと? なんだそれは……本当に『おさ』だけなのか? 意味がわからんぞ?」
エンとゼブラの頭のうえには、多数のクエッション・マークが浮かぶ。
それどころか、最前線にはまったく想定外の事態が生じていたのだ。
長槍兵の手元では、村の長老を表す『おさ』と呼ぶにふさわしい姿の髭の老人が、続々と棒からポップアップして出現し始めたのだ。
その頃、最前線の大混乱に業を煮やしたロゴス軍は、騎士たちに長槍兵を駆逐させようと、騎馬で前線に突入を開始していた。
そこに大勢の髭の老人たちが出現したのである。
老人たちは出現するやいなや、ロゴスの軍勢に向かって「これこれ、若いもんが争うてはいかん」と圧倒的な説得力で説教を開始した。
「な、なんでこんなところに、村おさたちが……」
「こらこら、そこの騎士どの。まあ、この死に損ないの老人の話を聞きなさい。まずはそこへ座りなされ……」
「ここは暖かいのぉ……ともに日なたで茶でも啜らんかの? 茶菓子もあるぞよ」
敵軍の士気がみるみる低下し、戦場がただの村の寄り合いのような空気に包まれる。中には亡き父親や祖父の面影を見て、老人たちとの会話に涙ぐむ騎士も出る始末であった。
「こ、これは……何だ?!」
ゼブラに初めて、人間らしい動揺が走った。




