第十二章 決戦前夜(1)
真夜中過ぎにも関わらず、謁見の間には多くの人が集まっていた。
もちろんその中心には『森羅の帝座』があり、すでに帝座にはギルガメス皇帝が着座していた。
「おお、聖書記官殿。待っておったぞ」
「皇帝陛下、大変遅くなり申し訳ございません。して、何があったのでしょうか」
「聖書記官殿は、理法共和国がわが帝国への再侵攻を決めたことは、すでに知っておるな?」
「は、つい昨日、リ、ルビチェック首席監察官殿から伺っております」
謁見の間にはリリアはもちろん、ヴォルガッシュも帝国幹部の一員として顔を連ねている。皇帝の質問に対するエルンの答えを聞き、ヴォルガッシュは不愉快そうな顔をした。
(そんな顔しなくても……。本来ならその話は、書記官の長であるヴォルガッシュ閣下からオレに知らされるべきなんじゃ……)
しかし、エルンはハッ!と思い当たる。
(ま、まさか……オレにはわざと知らせなかったのか? ……もしかして陛下の前でオレに恥をかかせようとしたんだな?!)
思わずリリアのほうを見ると、リリアもヴォルガッシュをチラリと見てから、エルンのほうを見てコクリと頷く。どうやらエルンの想像は当たっていたようだ。
(くそっ! このオッサンいったい何がしたいんだ。たかだか新米書記官のオレに大人げなさ過ぎだろ!)
そんなことがあったとは気づかない皇帝は、そのまま話を続けている。
「うむ。実は先ほど理法共和国軍の現在の詳しい動向がわかった。それで深夜にも関わらず、みなを召集したというわけだ。……それでは総参謀長、説明を頼むぞ」
皇帝がそう言うと、帝座の後方に控えていた軍人らしい偉丈夫が帝座の前に進み出た。
「帝国総参謀長を仰せつかっております、ユーリ・ガストロノフと申します。それでは小官より敵の現状についてご報告いたします」
ガストロノフと名乗ったその軍人は、部下に命じて小テーブルを運ばせ、その上に帝国周辺の地図を広げる。
皇帝を始め、人々の視線が地図の上に集まる。
「約一時間前の報告によりますと、本日午後遅く、理法共和国軍約一万五千が帝国東部国境を越え、国境から約三十キロのここ、アカシック平原付近に集結中とのことであります」
「い、一万五千だと?!」
「かつてない大軍ではないか……」
そんなざわめきを受け流しつつ、ガストロノフは地図を指しながら淡々と説明する。
「おそらくは敵は首都近郊を守る、最精鋭部隊を中核とする軍団と思われます。そしてなにより今回の派遣軍には『伝説の校正官』、ゼブラ・レッドラインが加わっている、との情報があります」
「なにっ? レッドラインだと?」
「それは……帝国にとって存亡の危機ではないのか……ヤツ相手に我々は果たして勝てるのか?」
収まらないざわめきに皇帝が口を挟む。
「みなの懸念はもっともである。今回の敵の侵攻に対しては、わが国としても全力で対処することになる。……総参謀長、説明を続けよ」
「はっ」
ガストロノフは手元の資料をめくった。
「今次の戦闘に際して、わが軍は直ちに臨時の編成替えをいたします。具体的には、先の戦いで欠けた状態となっている各騎士団や軍団を第二重装騎士団を中核として再編し、敵に当たることといたします」
そう言うとガストロノフは、軍編成を発表する。
今回迎え撃つ軍団の総司令官として、バルガス将軍を総騎士団長に任命。参謀長としてコンラート・ヴァイスハイト卿を配置する。
傘下の第一軍団長にドラグナー、第二軍団長にバハラム、第三軍団長グリムウォール、遊撃騎士連隊長にノクス。
「そして敵の強力な校正官を抑えるために、軍団魔道書記官長として聖書記官エルンスト殿。その補佐官としてシフォン・メル・ドロワ特級魔道書記官を配置します。現状のわが国における最強最善の布陣です」
その臨時の軍団編成とて、敵軍の三分の一程度の戦力であり、今回の戦いが帝国にとって背水の陣であることは、見る者が見れば明らかであった。
「ガレリアス帝国の未来は皆に掛かっておる。皆の者、よろしく頼んだぞ」
ギルガメス皇帝の懇願と期待の入り混じった激励を受け、一同は深く頭を下げて皇帝陛下の意向を承った。
「エルンさん、いや聖書記官殿と言うべきでしたね。聖書記官殿、何とぞよろしくお願いします!」
謁見の間を出るとすぐ、シフォンがエルンに声を掛けてきた。
「いやいやシフォンさん、何だかすみません……特級書記官であるあなたを差し置いて、オレが軍団の書記官長だなんて。オレ自信なんて皆目ないのに……陛下も、もう少しご配慮くださればいいのに……」
「いえ、戦いに臨んだ実績からすれば、極めて妥当な結論だと思いますよ。微力ながら、私もエルンさん、いや聖書記官殿を全力で補佐させていただきますよ」
そんなやり取りをしていると、後ろからバーン!と平手でエルンの背中を叩く者がいる。
「エルン殿! ああ、今は聖書記官殿でしたかな。また共に戦うことができて、わしは嬉しい限りですぞ!」
叩かれた勢いで前に数歩進み、たたらを踏んでかろうじて止まったエルンが振り返ると、そこには背中を叩いたバルガス将軍以下、第二重装騎士団の面々が顔を揃えていた。
「これは、バルガス閣下、あとみなさま……ああバハラム殿もお久しぶりでございます」
「聖書記官殿も息災のようでなにより。また共に戦いましょうぞ」
バハラムがその分厚い手のひらを差し出し、エルンも遠慮がちに手を差し出してバハラムと握手をした。
「それでは後ほど、作戦会議の際にな」
バルガス将軍はそう言うと、一同と共に去って行く。
その場でシフォンとも別れたエルンは「ふわぁーっ、なんか疲れたな……」とあくびをひとつすると、少々のんきに「仮眠でもするか」と言いながら部屋へと戻って行った。
「……味方の被害を最小限に抑えるためには、とにかくエルンストの動きを封じることだ。こちらでも事前工作はするが、そちらの工作のほうもぬかりなかろうな?」
「安心しろ。ネズミと連携してヤツを動けなくする手筈は整えた。うまくいかなければ、俺が直接手を下すだけのことだ。残念ながら今回はおまえの出る幕はないぞ、『伝説の校正官』殿よ」
「……それはそれでありがたい話だ。いずれにせよこの戦いが終われば、永きにわたって魔道記録を握ってきた帝国は滅びる。『記録の都』帝都ルブリウムは灰燼に帰すのだ」




