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第十一章 伝説の校正官(2)

 一方、帝都リブリウム。

 皇帝との謁見のあと、エルンたちはそのまま森羅宮に留め置かれていた。


「謁見が終われば、すぐ騎士団に帰れるのかと思ってたんだけどな。どうして帰してくれないんだろ?」

「まあ、いいじゃない。このところいろいろ忙しかったんだから、ちょっとのんびりしようよ。ここ快適だし、ご飯も美味しいし、最高じゃん!」

 天井の高い豪華な内装を備えた寝室の、天蓋付きのベッドの上でゴロゴロしながらネネが答える。エルンはその隣りに並べられたもう一台の天蓋付きベッドの端に腰をかけ、不安そうな顔をしている。

 

「まさか1級昇級で油断させておいて、安心しているところを捕まえて処刑しようとしてるとか……?」

「あんた、どんだけ疑り深いのよ。捕まえて処刑するつもりなら、ここまででいくらでもチャンスはあったわよ。そんなことないって」


「ま、その点はネネの言うとおりやな」

 エルンのベッドの上で、身体をまくらに半ば埋めながらアンが答える。

「……たぶん様子を見とるんやろ」

「様子?」

「理法、共和国、のな。……おっと」


 アンはまくらの上で寝がえりを打とうとして、ジタバタしている。まくらが柔らか過ぎてうまく身体をひっくり返せないのだ。

「今回攻め込んだ敵は皆やっつけるか捕虜にしたから、帝国としてはいったん落ち着いた状況や。次にロゴスがどう出てくるか。それによってうちらをどうするか、決めるつもりやろ。よっ!」

 

 アンがそう言い終わり、コロリと寝がえりを打ったのとほぼ同時に、控え室の扉が開く。メイド服姿の宮廷使用人が「失礼いたします」と扉のところで挨拶をしてから寝室に入ってくる。


「聖書記官様、ルビチェック首席監察官様がお越しになられました。応接間でお待ちです」

「うーん……リリアが? 何の用だろう」

「次にロゴスがどう出てくるか、なんかわかったんやないか?」

「何にせよ話を聞くしかないよな……じゃあアン行くか。ネネはどうする?」

「なんでわたしを置いてく前提なのよ。行くに決まってるでしょ?」


(リリアに何か含むところがあるのかと思っていたんだが……気を回し過ぎだったか)

 少し躊躇したエルンに対し、早速ベッドから飛び起きたネネは靴を履き、すぐ部屋から出て行く勢いでこちらを振り向く。

「エルンどうしたの、行かないの?」

「いや、『聖書記官さま』っていう呼び方にはなかなか慣れないな、と思ってさ。今行くよ」


 応接間には円形のローテーブルがあり、その周りに小ぶりの脚の細い肘掛け椅子がいくつか置かれている。その椅子のひとつに、濃紺のベルベットの法衣を着たリリアがちょこんと座っている。


 エルンたちが応接間に入って行くとリリアは椅子から立ち上がり、大げさな身振りでエルンに挨拶する。

「これはこれは聖書記官殿。ご機嫌うるわしくいらっしゃるかしら?」

「からかうなよ。それよりわざわざ首席監察官殿がお見えになられたってことは、オレに直接伝えなきゃならないことが何かあるんだろ?」

 リリアに椅子に掛けるよう勧めながら、エルン自身も空いていた椅子に腰を降ろす。


 エルンの隣の椅子に座ったネネにチラリと目をやったリリアは、すぐに目線を戻すと、エルンだけを見て話し始める。

「ご理解が早くて助かりますわ。我々の情報網が捉えたところでは、理法共和国がわが国を再侵攻することを決定したらしいの。敵軍のターゲットは、ズバリ……あなたよ」


「…………へっ?」

 反応がワンテンポ遅れ、エルンは思わずマヌケな声を出した。

「ターゲットがオレ……って……どゆこと?」

「文字どおり、あなたを斃すために、ロゴスがわが国に再度侵攻してくるってこと」


「……おいおい、ちょ待てよ。オレなんかの命を取るため、一国が軍隊を派遣するって? そんなバカな……」

「うーん、シフォンの言うたとおりになったな……」

 アンが「やれやれ」というような顔で首を振る。


「あら、シフォンがそんなことを?」

「ああ、皇帝陛下との謁見のあとにな。言われてみればその可能性は十分あるなと、うちも思うたわ」

「ふむ……」

「おいおい、オレみたいな新米書記官をどうこうするために、わざわざ軍隊を派遣するなんてことあるか? わけわからん。そんな情報、オレは信じないぞ!」


「再侵攻の目的があなたを斃すことかどうかは重要じゃなくてよ。ロゴスが再侵攻を決めたという事実が重要なの。しかもヤツらは今回、本気で戦うつもりよ。……なにせ敵は『伝説の校正官』を押し立ててくるのだから」

 リリアは『伝説の校正官』の部分をあえてゆっくりと告げた。

 ネネの顔から、サッ!と血の気がひく。リリアはその様子を見逃さない。


「伝説の……何だって?」

「校正官」

 リリアは呆れたような顔をした。


「……エルンあなた、まさか……知らないとは言わないわよね?」

「いや、その……」

「あなた、本気で言っているの? わが帝国がここまで追い込まれているのは彼のせいなのよ?」

「そうなのか……」

「呆れたわね……ロゴスの大規模な侵攻――私たちはロゴス戦役と呼んでいるのだけれど、その侵攻の立役者が『伝説の校正官』なのよ」

「へ、へぇ……」

「彼に率いられたロゴス軍の突然の侵攻で、私たちは多くの犠牲を強いられた。5級書記官だったあなたがいきなり最前線にひっぱり出されたのも、ロゴス戦役で多くの書記官が彼に倒されたからでしょうに」


 リリアはそう言うと、今度はネネのほうへ向き直る。

「だから申し訳ないけど、これからあなたを拘束させていただくわよネネ。理由は……わかるわね?」


「……ええ。いつかこういう日が来るんじゃないかと思ってた。仕方ないわ」

「え、ネネを拘束する?! なんで?! 意味わかんないんだけど?」

「私から説明してもいいけれど……どうする?」

 

 エルンとリリアそしてアンが、ネネを見つめる。

 ネネは「はーっ……」と深いため息をつくと、思い切ったように顔を上げて、三人の顔を見渡す。


「ありがとう。でもわたしから話すわ。……わたしが話さないといけないことだって……思うから」

 ネネは姿勢を正すと、エルンのほうに身体を向け、その目をしばらく正面から見つめてから口を開く。


「『伝説の校正官』の名前は、ゼブラ・レッドライン。彼は……わたしの父です」

 

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