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第十章 皇帝との謁見(3)

「何を言われる、ヴォルガッシュ首席書記官!」

 謁見の間に、凛として響き渡る声。

 リリア・ルビ・ルビチェック首席監察官だ。


「世界の魔道記録を統べるガレリアス帝国皇帝ギルガメス・ド・レキシカ1世陛下がお命じになったのだ! エルンスト書記官に特級資格と称号『聖書記官』を与えるのは当然! 臣下が異を唱えるなどあり得ぬ!」

 

(せ、聖書記官? なに、オレに不似合いなその称号……第一、恥ずかしくて名乗れんだろ、そんなの!)

 エルンが内心で突っ込んでいると、横でネネがこらえきれずに笑っている。


「せ、聖書記官って……ぷぷっ、ぷはぁーっ! に、似合わねー! エルンが聖書記官っ?! ぎゃはー!」

「こらこら。皇帝陛下の御前やぞ。もうちょいおとなしくできんか、ネネ」

「はーい……でも、聖書記官だってさ……ぷぷぷ」


「過去、特級書記官への昇級と称号授与が同時に行われたいう記録は……うむ、たしかに見当たらないようだな……」

 片眼鏡のレンズ上を走る文字情報が一瞬、急激に増加し、情報を瞬時に読み取ったらしい皇帝がそんなことを言う。

 皇帝はしばらく黙り込んだ。レンズの上を文字情報だけが走り回っている。

 

 ヴォルガッシュはにんまりした。特級書記官への昇格と称号を同時に与えた例がないことは、事前にすべての記録を検証して確認済みだ。

(皇帝陛下、いくらお調べになっても前例はございませんぞ! 決してルビチェックの思いどおりにはさせん! ヤツの鼻をあかし、わがヴォルガッシュ家がこの国の記録を司る一族となるのだ、必ず!)

 

「うむ……ヴォルガッシュよ、あい分かった。そなたの言うとおり、エルンストに特級の資格と称号を同時に与えるのはやめよう」

「こ、皇帝陛下、お待ちください――」

 リリアが皇帝に翻意させようと口を挟む。しかし。


「それでこそわが君! さすがはギルガメス皇帝陛下でございます。ご賢察いただき恐悦至極。……さあエルンスト書記官以下の者、もう茶番は終わりじゃ。早々にここを立ち去れい!」

 ヴォルガッシュが勝ち誇ったように言い放つ。それを聞いたリリアが「うぬっ!」と口にし、怒髪天をつく勢いでヴォルガッシュに掴みかかろうとした、まさにその時。

 

「ところでエルンストよ」

 皇帝が、改めて言葉を発した。

「余は特級昇級を命じるをやめ、代わりに貴官を1級書記官に昇級させるとともに、称号『聖書記官』の授与を命令することにした。受けてくれるな?」

「えっ? 1級昇級と『聖書記官』っ?! オレ……いや私に、ですか?!」

「なっ?!……なんとっ?!」


 皇帝の突然の命令にヴォルガッシュは絶句する。

「ヴォルガッシュよ、1級書記官への昇級と称号授与は過去に前例があるぞ。コンメンタリウス帝の時代にな。後で確認しておくがよい」

「……くっ!」

 黙り込むヴォルガッシュ。そんなことは気にせず、皇帝はエルンに話しかける。

 

「いったんの侵攻は撃退したとはいえ、理法共和国がこのまま黙って退くとは思えぬ。引き続き貴官には活躍の機会が訪れよう。エルンスト1級魔道書記官、いや『聖書記官』よ、わが帝国を守ってくれ。頼んだぞ!」

「は……はーーーっ!」


 以降も皇帝の謁見は続いたが、式部官に促されてエルンたちは謁見の間を退出することにした。

 あの後すぐ、ヴォルガッシュは「気分が悪くなった」と言って皇帝の御前から退出し、逆にリリアは仕事の報告があるとのことで引き続き居残ることになった。

 ヴォルガッシュとリリアの緩衝材役をお役御免になったシフォン――皇帝の御前では緩衝材としては何の役にもたたなかったが――は、これ幸いとエルンたちと共に皇帝の御前を引き下がったのだった。


「よっ! 聖書記官どのっ! カッコイイっ!」

「……ネネ、おまえ、ふざけてんだろ。いい加減にしろよ」

「いや、おめでたいことじゃん! 皇帝陛下に認めてもらえたってことでしょ? 給料だってまた上がるんでしょ?」

「……まあ、そうだけどさぁ」

「エルンさん、昇級と称号授与、おめでとうございます」

 シフォンが人好きのする笑顔を浮かべながら、エルンにお祝いの言葉を述べる。


「はあ、ありがとうございます……」

「あれ、浮かない顔ですね? 何かありましたか?」

「大したことしてない……ってか、ミスばっかしてるのにこんなに偉くなって大丈夫かと……いつかしっぺ返しが来るんじゃないですかね? 精神的にヤバいです。それに……」

「それに?」

「さっき皇帝陛下が仰ってたことですよ。『理法共和国がこのまま黙って退くとは思えない』って。つまりヤツらが再度侵攻してくるかも、ってことですよね?」

 

「そうかもしれません。いまわが国では奇襲で失った戦力の再編を急いでいますが、ロゴス側としてはそれが整わない間にケリをつけたいでしょう」

「そう言う意味やと、エルンの存在はロゴスにとっては想定外やったかもしれんな」

 シフォンとアンがそれぞれ思うところを話した後、シフォンが少し考える様子を見せる。


「ということは……いや、考え過ぎかな……?」

「ん? シフォンさん、なんですか?」

「いやね、そうするとロゴス側としては、今回大活躍をした救国の英雄エルン殿をターゲットに戦いを仕掛けてくるのでは……?」

「ヒッ! ウ、ウソでしょ?! そんなイヤな想像やめてくださいよ! そんなのサイアクなんですけど!」

 

 エルンたちがそんなやり取りをしている頃。

 帝都リブリウムから遥か遠く離れた理法共和国ロゴスの首都、コンセサス。

 その地下にある会議場では『校正評議会』が開かれていた。


「……さて、お手元の資料をご覧ください。レガリアスの事実改変問題についての対応です」

 会議の参加者は手元に3D表示された資料に目を落としている。


「例の『未定義の特異点』が砂漠戦線においても、再度著しいデータ改ざんを遂行。その莫大な事実改変の影響により、わが軍は壊滅的敗退という事態を招くこととなりました」

「なっ、壊滅的敗退だと? 前の報告では、敵兵力の数倍規模を持って当たるという聞いていたぞ!」

「たしか精鋭の魔導騎士連隊を二個連隊、その他魔導砲部隊や歩兵、長槍兵など、一万近い兵力を持って一気に叩き潰す作戦だったのではないか」


「いえ、それが……」

「それが、なぜそんなことになったのだ? 『特異点』め、今度はいったいどんな事実改変を?」

「『特異点』は砂漠戦線において、砂漠の砂を粉砂糖に、岩山をガトーショコラに、最後は砂の壁をパフェの壁に――」


「な、なんと……?! 神をも畏れぬ所行だ!」

「そのような暴挙、かつて聞いたことがない! ヤツらはトチ狂ったのか……?」

「もうよい! 聞くに耐えぬ! そんな理に合わぬことを平然と行なうとは……レガリアスのバカどもめ、この宇宙のソースコードを書き換えるつもりなのか?!」


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