第十章 皇帝との謁見(2)
エルンがうじうじと優柔不断に悩んでいると、今度はリリア自身が行列から消えた。
「これは……来るわね」
「たぶん来るんだろうなぁ」
「まあ、来るんでしょうね……ルビチェック閣下自ら」
と言っている間に、濃紺のベルベットの法衣を翻し、リリアがエルンたちのところに姿を現した。
「あなたたち、呼ばれたらさっさと来なさい! 何のためにドロワを遣わしたと思っているの。もう陛下がご入来されるわ。早く前の方へ来るのよ!」
リリアは強引にエルンの腕をぐいぐい引っ張って、行列の前のほうへ連れて行こうとする。ただ力の弱いリリアがいくらに引っ張ってもエルンは動かず、リリアは単にその場でジタバタするだけだ。
「はいはい、わかったわかった。行きますよ。行くけどその代わり、ヴォルガッシュ閣下に怒られるのはそっちに任せたからな」
「誰にモノを言っている。私はリリア・ルビ・ルビチェックだぞ。ヴォルガッシュごとき分家モノに文句など言わせん! さあ、早く来るのだエルン!」
リリアはそう言うと、もはや振り向きもせずにサッサと先へ歩いて行く。エルンやシフォンたちは顔を見合わせ肩をすくめると、少し間をあけて後ろからついて行った。
「なっ、なんだ貴様らは。いまさらここに割り込んでくるんじゃない!」
行列のヴォルガッシュの前の位置へと戻ってきたリリアは、当然のように自分のすぐ後ろにエルンたちを並ばせた。一番後ろにシフォンを並ばせたので、シフォンはヴォルガッシュに目の前で睨まれるハメになった。
「おい、ルビチェック! 貴様、礼儀というものを知らんのか?! 吾輩に何の挨拶もなく、この仕儀はどういうことだ! 説明してもらおうか」
「……そう言えば、貴官が今の地位に着いた時、貴官から私には何も説明はなかったな。よろしい、では先にそちらの説明をしてもらおう」
「な、なにぃ……」
一触即発。挑発するリリアと怒りでワナワナ震えるヴォルガッシュとの間に、にわかに緊張感が高まる。
ドンッ、ドンッ!
その時、皇帝ご入来を知らせる式部官が謁見の間に現れ、セレモニアル・メイスで床を二度叩いた。
「ご一同にお知らせいたーす! レガリアス帝国皇帝、ギルガメス・ド・レキシカ1世陛下がお出ましになられまする!」
それを聞いた一同は姿勢を正し、その場で頭を深く下げる。リリアとヴォルガッシュは険悪な雰囲気ながらもいったんは鉾を収め、頭を下げて皇帝を迎える。
やがてコツコツコツ……という足音が近づき、躊躇なくドーム下中央の段差を上ると玉座のところで止まる。皇帝が玉座に腰を掛けたと思われる瞬間、『森羅の帝座』からは淡い光が溢れ出る。
「一同の者、ご苦労。面をあげよ」
少し甲高い、エルンが想像していたよりも若い声が聞こえた。それに応じて、一同は一斉に頭を上げる。
玉座に座っていたのは――一見したところ断じにくいが、おそらくは――若者であった。
皇帝の象徴である、ロイヤルブルーのベルベット生地に白い毛皮の縁取りのあるローブを頸から肩にかけて掛け、宝珠と青い宝石が頭頂部に飾られた金の帝冠を赤茶色の髪のうえに載せている。
なにより外見上の最大の特徴として、特殊な片眼鏡を掛けている。眼鏡というより平たいカメラレンズを左眼に付けている感じ。よく見ると、レンズの上を細かい文字情報が列をなしていくつも走っているのが見える。
皇帝は行列を作っている謁見客を先頭から眺め、ふとエルンたちのところで視線を止める。
「ほう。エルンスト書記官、ようやく来てくれたか。森羅宮へよくぞ参った。先の戦闘、見事であったぞ」
「あ……えっ……と」
なんの前触れもなく、急に皇帝から声を掛けられたエルンは、驚いて絶句する。皇帝とは今日初めて会うのに、皇帝はエルンを見分けて声を掛けてきたのだ。驚くのは当然だろう。
「……御意にございます。陛下の仰るとおり、現地で観戦しておりました私から見ましても圧巻でございました。しかも味方のみならず、敵の損害も極めて少ない。まことに見事な戦いぶりでございました」
皇帝の発言を受けて、リリアがごく自然に発言する。
それを聞いて、ヴォルガッシュが面白くなさそうに「フン」と鼻息を漏らす。
「うむ。あのような戦い方があるとは余も想像していなかったぞ。エルンストよ、どうしたらあのような発想が生まれるのか? ぜひ教えてくれ」
「あ、え、その……」
(きゅ、急に言われても、そんなのすぐには……)
「エルン・エルンスト書記官に代わり、エルンストに仕えております辞書精霊アン・アンサーより、皇帝陛下に言上申しあげます。エルンストは口数少ないゆえ、私よりお答え申しあげても、よろしゅうございますか?」
「む……アン・アンサーとな? そなたが?……そうか」
急に皇帝の片眼鏡のレンズ上を走る情報が増加し、それを読み取った皇帝はわずかに驚いた様子を見せる。それから皇帝は小さく頷き「うむ、直答を許す」と答えた。
「お許しを得ましてお答え申しあげます。砂漠戦線をデザート戦線に塗り替え、あるいは剣を芝生に塗り替えるという戦い方は『敵味方ともに傷つけない』というエルンストの強い想い、信念に根ざすところでございます」
「ふむ……」
「エルンストは小心者ゆえ自分はもちろん、同胞も、さらに敵をも含む人間が傷つくことを強く避けたいと願っております。ゆえに、常に人が傷つかない戦い方を考え抜き、かような仕儀となった由にございます」
(うわ……アンのやつ、ほんとテキトーなことばっか言ってるよ。単なるやらかしなのに……大丈夫かよ?!)
エルンはアンの説明を聞いて、ドキドキのあまり心臓が口から飛び出しそうになっている。
「うむ、その意気や良し。見事な心掛けよ……うむっ」
アンの説明に心から感銘を受けた様子の皇帝は、ヴォルガッシュの方へと振り返る。
「ヴォルガッシュよ。かねて相談しておったとおり、今回の活躍を讃えてエルンスト殿を特級書記官に昇格させ、併せて特別に称号を与えたいと思うが、どうか」
皇帝は、この国の書記官トップであるヴォルガッシュに声を掛ける。
問いかけられたヴォルガッシュは、表情にわずかに不愉快さを滲ませながらも丁寧に応答する。
「お言葉ですが陛下、わたくしはこの者をさほど評価しておりませぬ。どちらかと言えば無能では、と思っております」
「なにをっ! 救国の英雄に対して無礼なっ!」
その発言にリリアが気色ばむ。
すました顔でヴォルガッシュは続ける。
「それに、陛下も記録でご承知のとおり、特級昇格と同時の称号授与など、帝国の長き歴史上にも前例がございませぬ。……是非ともお考えをお改めいただきますように」




