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第八章 ねじ巻きとスイーツ(3)

「諸君、我らの信ずるもののために、守るべきもののために、愛するもののために、全力で戦おう! それでは全軍、前進っ!」


 バルガス将軍が右手を高く上げ、振り下ろす。

 それを合図に、ざっく、ざっくと砂を踏んで騎馬たちが一斉に進み出す。

 

 遠くには敵の歩兵の集団が見え、少ないとはいえども魔導砲の発射音がどーん、どーんと響いている。

 その後ろには騎兵連隊らしき騎馬軍団の砂煙が上がっている。

 

 ヒュルルルル……ドゴーン!!!

 突然、前方左翼に魔導砲弾が着弾し、火柱ならぬ砂柱が上がる。さらに前方では敵からの矢が降り注ぐのが見える。矢が鎧に当たり「カンカンカン……」という音が聞こえる中、足元が砂から砂岩に切り変わる。


「よし! 各分団、速度を上げて、紡錘陣にて敵軍を中央突破! 斬り込むぞーー! 続けーーーっ!」

 ウワーーーーッ!!!

 両軍の距離が見るみる縮まり、ついに味方騎馬隊が敵歩兵軍に突入する。

 

 ヒュッ!!

 エルンの袖口を飛んで来た流れ矢がかすめた。

「ひ!……ひえっ!」


「大丈夫か、エルン殿」

「あ……は、はい……」

 バルガス将軍は、周囲を親衛隊の騎士たちに守らせており、さらにその周りも騎士の集団に囲まれている。だからエルンが直接的な攻撃を受けたのは、これが初めてだった。


 エルンはチェーンメイルを着込んでおり、万が一にも矢が当たったとしても大けがはしない。だが実際に矢が身体のすぐそばをかすめ飛ぶという経験は、エルンを恐怖に陥れた。ガタガタと異常なほどに震え出すエルン。


 その間にも、騎士団長を守る騎士たちは紡錘陣を維持しつつ、敵歩兵部隊に分け入り、斬って、斬って、斬って、斬りまくっていく。

 敵は何層もの攻撃陣を薄紙を重ねるように構えている。だから斬っても、斬っても、斬っても次の新たな敵、また次の新たな敵が現れる。

「これじゃあ……キリがないぞ……敵が多すぎる!」

 

 こちらが十数人斬り倒す間に、こちら側もひとり、またひとりと騎士が欠けていく。

 気がつけば、親衛隊の外側にいた一般の騎士集団はほぼいなくなり、かろうじて親衛隊が騎士団長を守って防ぎ戦っている状態になっている。


 エルンが震えながら周囲を見渡すと……周囲の圧倒的な数の敵兵の海の中に、騎士団長の親衛隊だけが島のように浮かんでいる状態だ。エルンはさらに震え上がった。


「このままではジリ貧だ! エルン殿、貴官の力を貸してくれ! 奇跡を……ふたたび奇跡を起こしてくれっ! 頼むっ!!」

 バルガス将軍が背中越しに、エルンに叫んでいる。


(あ……ここは、どこだ……? オレはなにしてる……何しなきゃいけないんだっけ……? あれっ……?)

 恐怖のあまり、思考停止してしまったエルン。


 その時、騎士団長の駆け抜けるすぐそばに魔導砲弾が着弾した。ズドーン!という重低音と振動に続いて、上から大量の砂と岩のカケラが降り注ぎ、カケラのひとつがエルンの肩を直撃する。

「つうっ!……痛っ!」

 その痛みがエルンの意識を現実に引き戻した。

 

「……エルン、聞こえとるんか! 何度も言わすなっ、羊皮紙やっ! 『戦闘報告書』の羊皮紙を使うんやっ、早くっ!」

 魔導砲弾が至近距離に着弾したせいで、エルンは聴力を一時的に失ったらしい。


 痛みのためにようやく気がつくと、アンが声を枯らして怒鳴っている。

 その声に導かれるように、エルンはチェーンメイルの裾から自分の戦時正装の中に手を突っ込む。掴んだ羊皮紙の感触ごと一気に引っ張り出すと、一番上に『戦闘報告書』の文字が見えた。


「ほい、魔道ペンやっ!……あっ、危ないっ!」

 アンが差し出した魔道ペンを握ろうとして、震えのために危うく取り落としそうになるエルン。なんとか薬指と小指で握り込み、羊皮紙へ書こうとするが……。


(あれ……なにを書けばイイんだろう?)

「まずは場所や、場所を書け! ここは砂漠戦線(Desert Front)や……次は、そうやな……親衛隊の外側(Outside of Guards)、敵停止(Enemy Stop)とでも書いとけやっ、早く!」

「さばくせんせん……しんえいたいのそとがわ、てきていし……と。これで、どうだっ!!!」


 エルンが魔道ペンをぶるぶると振るわせながら、やっとの思いで書き終えたと同時に、羊皮紙からカッ!と強烈な白い光が放たれると、ドゴーン!と大きな爆発音が砂漠中に響き渡った。


 その瞬間、騎士団長の親衛隊の外側、半径五百メートルくらいの範囲にいた敵兵は、全員その場で、そのときのポーズのまま、動きを止めた。

 それだけではない。同じ範囲内の戦場には、別の大きな異変も起きていたのだ。

 

 足元の熱い砂が、突如としてサラサラとした「粉砂糖」に変化した。突き刺さるような日光は、なぜか「キャラメルソース」のような粘り気のある光へと屈折し、戦場全体に甘ったるい香りが立ち込めた。

「な、なんだこれは!? 地面が……地面が甘いぞ!」

 動くことのできる味方の騎士たちが口々に騒ぎ出す。


 先ほどまで騎馬が駆けていた砂岩はサクサクの最高級ミルフィーユとなり、岩陰のぬかるみはチョコレートソースと化していた。


 戦場の左翼、サレパラン近くで戦っていたバハラムはサレパランを見て驚愕した。

「サレパランが……あの岩山のサレパランが……な、なんと、巨大なガトーショコラになっておる!」


 固まって動けなくなった敵兵は、体重の重みでサラサラとした粉砂糖に飲み込まれていく。

 魔力耐性があり、かろうじて口が動く敵兵たちはうめくように叫ぶ。


「く、くそっ、我らの喉を渇きではなく、虫歯と血糖値で攻め滅ぼすつもりか?! くそっ、この俺様が血糖値スパイクでやられるとは……」

「さっ、砂糖で息がっ、息ができなくなる……粉砂糖に溺れるぅ……うわっ、甘っ!苦しっ!……ふぐっふぐっ……」

「甘味を食べられるのは幸せだけど……か、甘味に埋もれて死にたくないよー! 誰か、誰か助けてくれー!」


「ウワッハッハッハ、エルン殿やってくれましたな! スイーツ攻めとは古今東西の戦闘記録で聞いたことも見たこともない。いやまったく想像の外だ! まったくスゴい! 糖尿病のケがあるワシには特に恐ろしい……」


 勇猛なバルガス将軍が、心から恐ろしそうに身震いしながらエルンを絶賛する。

 他方、エルンは……またまた酷く落ち込んでいた。


「わずか……わずか一文字、一文字の『s』のために……また、やらかした……」

 そう、察しの良い方ならすでにお気づきのとおり、今回エルンは『砂漠戦線(Desert Front)』を『デザート戦線(Dessert Front)』と書き誤ったのであった。


 そのせいで砂は粉砂糖に、ぬかるみはチョコソースに、岩山はガトーショコラに、沼はカスタードプリンに、それぞれ化してしまったのであった。

 

 ほとんどがバルガス将軍から至近距離内にいた敵主力は、みな戦闘不能に陥り、第二重装騎士団の騎士たちに助けを求めた。いまや騎士団は、粉砂糖からの窒息や糖尿病や虫歯から敵を救出するため、必死に働いていた。

 

 そこへ伝令兵からの緊急報告が入る。

「騎士団長殿、敵の最後の残存兵力が一キロメートル前方より急速接近中です! いかが対処いたしましょうか?!」


「なにっ? いかん、無防備な今襲われたら、さすがにわが軍と言えども対抗できん。『我々は貴軍同胞を救出中である。戦闘を中止せよ』とは伝えられんのか?」

 

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