第一章 運命のスペルミス(2)
☆読んでくれてありがとう!新連載第2回です☆4/24(金)〜28(火)は毎日朝更新。4/29〜5/6のGW期間は朝夕2回更新予定です!☆よかったらブクマ&評価をお願いします!☆
エルンはすぐに修正液代わりの砂を羊皮紙に撒いて、魔道インクが羊皮紙に定着しないうちに砂に吸収させようとした。
「いかん、消えないぞ。インクが吸収できない。砂で削り取らなきゃダメか」
ゴシゴシゴシゴシ……エルンは必死で『Deed(功績)』の文字を砂で擦り続ける。
通常、修正用の砂は摩擦を抑える加工がしてあるのだが、この時エルンの手元にあったのは乾燥した戦地特有の、摩擦で発火しやすい特殊な魔導砂であった。
エルンはそうとは知らず、ゴシゴシと擦り続ける。
文字が削り取られる様子はなく、エルンが必死に擦った羊皮紙は次第に熱を帯びてきた。
「アチッ!」
エルンが思わず火傷しそうになった直後、天幕のはるか前方からドカーン!という爆発音が周辺に轟き渡った。
「な、なんだ?」
「また魔導砲弾が近くに落ちたの?」
「それにしちゃあ、ちと激しすぎるんとちゃうか?」
驚いたエルンとネネ、そしてエルンの肩の上に飛び乗ったアンは天幕の入口から外を眺めた。見ると、両軍が激突しているあたりに巨大な火柱が上がり、敵兵がダース単位で盛大に吹っ飛ばされている。
「な、なんだありゃ……」
よく見れば、火柱の中心には大きな人影が。
「あれは……あの勇猛な戦いぶり、武骨ながら壮麗な鎧は……まさか、バルガス将軍?」
遠目の効くネネが驚きに目を見開く。
「いや、なんで将軍が火柱なんて背負って戦ってるんだよ。将軍に魔法属性、それも炎属性なんてないだろ? ……はっ! え、ま、まさか?」
エルンが慌てて羊皮紙の『Deed』の文字を見る。『Deed』の文字の箇所はわずかに焼け焦げ、白い煙さえ上がっている。
そこへトドメを刺すように、アンが絶望的なひと言を挟んできた。
「おいおい……辞書精霊として断言するが、バルガス将軍いつの間にか炎属性付与されとるぞ? あと見てみい、どんなに切られても刺されても、鉄球で殴られても動き続けとるやないか……ありゃー相当ヤバいで」
「アン、それっていったい……」
「そりゃあ……」
アンは少し困った顔をした。それから憐れむようにエルンを見つめる。
「ま、おまえの書いた『戦死者報告書』の致命的な誤字と、羊皮紙を砂で擦りすぎて火ィ付けたことが、バルガス将軍を炎属性のある不死の存在にしたっちゅーことやろな」
「…………うそ」
「それ以外、バルガスがあんなボコボコになっても動きまわり、なおかつ火柱で敵兵を蹂躙できる理由、エルン、自分思いつけるか?」
「…………」
「あー、もう! 死んだ人間を蘇らせたうえに、ご丁寧にも炎属性まで付与するなんて。間違いなく重罪よ! あー、あんたの秘書官なんてなるんじゃなかった! もう辞める! あたしまで巻き添えで処刑されたくないよー!!」
ネネは半狂乱になって怒鳴りまくっている。
エルンはただポカンと口を開けて立ちすくんでいた。
不死となり、かつ炎属性を得たバルガス将軍の大活躍により、劣勢を強いられていた第二重装騎士団は文字通り息を吹き返した。
理法共和国軍は戦線を後退させ、バルガスによりわずか一日で被った甚大な被害の回復と補給に努める構えを見せている。
その日の戦闘終結後、前線司令部には騎士団を構成する各分団長と副官、参謀が集まり作戦会議が行われた。もちろん魔道書記官であるエルンも議事録作成のため末席に加わっている。
「おお、エルン5級魔道書記官よ。本当によくやってくれた。貴官のおかげでわしは心置きなく敵を蹂躙することができたわい。貴官の活躍には心から感謝するぞ!」
そんな騎士団長の発言に、会議の場はざわつく。
「……エルン殿が、活躍?」
「あの新米書記官、何かしたのか?」
疑問と興味の渦が、密やかに会議に広がる。
(ちょっとぉ、人前で褒めるとかやめてくれよー……)
バルガス将軍から名指しで褒められたエルンは動揺した。作戦会議の議事録の作成はエルンとアンの仕事であったが、将軍のこんな発言を記録するわけにはいかない。エルンのやらかしが監察官にバレてしまう。
「ははは……しょ、将軍閣下、お褒めに預かり光栄です。あのしかし、そんなお身体の状態で痛みなどはないのですか?」
何とか話をそらそうと、エルンは強引に別方向へと話を振る。
バルガス将軍は意気軒昂だが、身体のほうはボロボロだ。背中と首元には魔槍と戦斧が刺さったまま、頭部は凹み、片眼を失い、手指は何本も欠けている。
「痛み? いや不思議にも痛みはまったくないのだ。それより指先から炎を出せるようになったおかげで、今までより煙草に火を付けやすくなったまである。便利じゃのう。ウワッハッハッハ……」
豪快に笑い飛ばすバルガス。反対に自分のやらかしの深刻さを再認識してうなだれるエルン。
「……ところで、騎士団長殿の本日のご活躍にはエルン書記官が何か関わっておられるのですかな?」
一座を代表して、騎士団の重鎮と呼ばれているコンラート・ヴァイスハイト分団長が疑問をぶつけてくる。
(チクショー、せっかく無理に話題を変えたのに!)
分団長たちは一斉にエルンのほうへ目を向ける。エルンは一気にすくみ上がった。
「おう。わしはロゴス兵の放った強化魔槍で心の臓を貫かれたらしいのだ。だがエルン殿の天幕で目覚めた時、わしにはかつて無いほど力が漲り、この戦さの『功績』を天に約束されたごとき素晴らしい気分だったのだよ」
「なんと! それはまことですか?」
「まことだとも、コンラート殿! その後のわしの活躍は皆が見たとおりだ。わしが昏倒した折、エルン殿が何らかの魔法を施したものと考えておるが……エルン殿、さよう考えてよかろうな?」
「あー……えーっと……ですね」
ヤバい!……ヤバいヤバいヤバいヤバい!
エルンは戦慄した。
バルガス将軍の質問にまともに答えれば、エルンは自分が禁忌を犯したのを自白することになる。自白の記録が残れば、間違いなく監察官に処刑される。
他方、答えるのを拒否すれば上司への抗命罪、反逆罪に問われかねない。上司への抗命、反逆は即処刑だ。
答えるも地獄、答えないも地獄。進退きわまったエルンは目を泳がせる。
会議テーブルの上に控えていた辞書精霊はエルンと目が合うと、肩をすくめてお手上げのポーズ。
そこからわずかに目線をそらすと、部屋の隅の椅子に座っていたネネとカチリと目が合った。
エルンのすがりつくような表情。それを見たネネは心の奥底でため息をついた。
(まったくもう。コイツは土壇場でいつもこうよね)
エルンの必死でマヌケな表情に、ネネは苦笑いを誘われる。
(……とはいえ、コイツには昔助けてもらった借りもあるからなぁ。めんどくさいけど、ま、助けてやるかな)
ネネは一度首を左右に振り、意を決しておもむろに右手を上げた。
「……あのう、将軍閣下、エルン様の専属秘書官として申し上げたいことがあるのですが。よろしいでしょうか?」




