第一章 運命のスペルミス(1)
☆新連載です!☆4/24〜毎日朝連載、4/29〜5/6のGW中は朝・晩2回の集中連載の予定!☆朝は7時半、晩は18時の更新予定です!☆気に入ってくれると嬉しいです!
「しょ、将軍閣下……? 閣下はさっきまで死……死んでおられたはずでは……」
「何を言うか、エルン5級魔道書記官! 見ろ、わしのこの漲る力を! まるで今この瞬間、わしは歴史に刻まれるような『功績』を天に予約した気分だ!」
「は、はいィィ……?」
さっきまで心臓を槍で貫かれ、完全に「物」と化していたはずの騎士団長バルガス将軍が、バネ仕掛けの玩具のように跳ね起きた。
それどころか、大穴の空いていた胸板からはまばゆいばかりの光が溢れ、みるみるうちに、モコッモコッと新しい肉が盛り上がっていくではないか!
将軍は、まだ血まみれの鎧をガシャンガシャンと鳴らしながら、そのへんに転がっていた巨大な斧を片手でぶん回した。その背後にはなぜか、後光のような虹色に輝くエフェクトまで漂っている。
「これだ! これこそがわが帝国の勝利の輝きだ! いざ、いざいざ、突撃ィィィ!」
死んでいたはずの男が、どっかーん!という爆音と共に天幕から戦場へ飛び出していく。
「マ、マジか……え? これって……もしかしてオレ、やらかした? ……まさか、このやらかしでオレ……しょ、処刑されたりするんじゃ??」
しーん、と静まり返る天幕の中で、エルンは真っ青な顔でぶるぶる震える自分の右手を見つめていた。
魔道書記官に任命されたエルン・エルンストはつい先日、戦闘記録担当官として赴任した第二重装騎士団にて、めでたく初陣を飾ることになった。
第二重装騎士団は、レガリアス帝国の伝統ある主力騎士団の一角であり、本来ならエルンのごとき5級魔道書記官がこの騎士団に派遣されることはない。
だが過日、帝国は隣国である理法共和国ロゴスの急襲を受け、その初期戦闘で多くの魔道人材を失ってしまっていた。ロゴス戦役と呼ばれるこの戦争は、帝国内各所でまだ続いている。
お偉いさんたちの深謀遠慮――というか「戦闘中の騎士団にはとりあえず誰か派遣しとけ」という無責任さ――もあって、見習い書記官として訓練中だったエルンにも急遽、動員命令が発せられたのだった。
それから数日。エルンが着任した前線司令部は今や戦闘の真っ只中にある。
外では鉄と肉がぶつかり合う、この世の終わりみたいな音が鳴り響いている。
「ひ、ひぃ、ひぃぃ……ッ! な、なんでこんなとこに居なきゃなんないんだよぉ!」
エルンは前線司令部の天幕の中でひたすら震えあがっていた。
戦地における魔道書記官の仕事というのは、戦闘に関するあらゆる記録を取り、残すことだ。
エルンの今やるべき仕事は、力尽きた者の名を『戦死者報告書』に記録すること。いわば、死神の隣で帳簿をつけるような仕事であった。
ぶるぶる震えるエルンの前には報告書の羊皮紙。エルンの手元には魔道ペンが置かれ、その横には魔道ペンとほぼ同じサイズのアン・アンサーが困惑した表情で座っている。
アン・アンサーは書記官の必須アイテムである魔道ペンに宿る辞書精霊だ。
辞書精霊と魔道書記官とは一心同体。支え合い、励まし合って魔道記録を作成する。経験豊かな辞書精霊であるアンだが、今回ばかりはこの新米書記官の態度に大いに困り果てていた。
「いやーエルン、さすがにそろそろ仕事せんと。ザコはええけど、さすがに将軍死亡の記録は書いとかんとアカンやろ。後で監察官にツメられるぞ」
一向に記録を始めようとしないエルンに対し、アンは呆れたようにつぶやく。
「エルン、この状況はさすがにマズいよぉ。この調子だとこれから間違いなく死傷者は膨れ上がる。さっさと記録を始めないと、記録不十分で極刑は免れないよ?!」
それまでおとなしく天幕の隅に座っていた秘書官のネネ・レッドラインでさえソワソワし始めている。
「ああ、わかってるよぉ。わかってるけどさ……」
震えながら頭を抱えるエルン。その目の前には武骨だが壮麗な鎧に包まれた大きな骸が、痛ましい静寂に包まれて横たえられている。
騎士団長のバルガス将軍の遺体だ。
第二重装騎士団は昨日未明から敵と交戦。開戦以来、前線司令部で指揮してきたバルガス将軍は、味方の劣勢を受け、騎士団長として部隊の先頭に立つ決断をした。
しかし敵の放つ魔導砲弾の直撃を受けて一瞬怯んだところに、予期せぬ敵兵の強化魔槍が飛来し、不運にも心臓を貫かれたのだった。
かろうじてその場の敵兵は退けたものの、心臓に大穴の開いたバルガス将軍は絶命。将軍直属兵が命懸けで遺体を守り、やっとの思いで前線司令部まで担ぎ込んできたのだ。
着任早々、直属の上司に先立たれたエルンは、戦場の現実に心からビビっていた。もはや魔道記録どころの精神状態ではない。
「豪快で、すごくいい人だったのに……上司として尊敬していた閣下が、こんなにすぐ亡くなるなんて。閣下ぁ、生き返ってくださいよー!」
「一度死んだモンは生き返ったりせん! エルン、そんなアホなこと言うとらんで、早よう仕事を始めや!」
「そうよ、エルンったら! もう!」
「本当に生き返ってほしいのに……わかったよ、やるよ! オレだって書記官の端くれだ! やるべきことはキッチリやってやる!」
エルンはようやく魔道ペンを手に取り、羊皮紙にペン先を触れさせた。
しかしその途端、羊皮紙の乗った机が急にガタガタと鳴った。エルンの震えではない。すぐ近くに敵の魔導砲が着弾した振動だ。
その衝撃で、エルンが手にした魔道ペンのペン先が踊った。
「あっ……」
羊皮紙の『容体』欄。そこには今しがた息絶えたばかりの、帝国最強の騎士、バルガス将軍の名があった。
そこにエルンが記すべきは『Dead(死亡)』。
しかし、極限の恐怖と、着弾の振動と、エルンの深刻なスペルミスが奇跡の三位一体を形成した。
いや、もしかすると、そこにエルンの願い――バルガス将軍に生き返ってほしいという――も、スパイスとして振りかけられていたかもしれない。
ペンは『a』を力強く突き抜け、不安定な曲線を描いて二つの『e』を生み出し、最後に力強いがいびつな『d』で締めくくった。
『Deed(功績)』
かろうじてそう判別できるかどうか、というミミズがのたくったような文字を書き上げた瞬間、羊皮紙がカッ!と白光を放つ。
……バスンッ!!!
同時に、天幕の内部に安置されていたバルガス将軍の「遺体」から、心臓マッサージでも受けたような爆発的な音が響いた。
と同時に、騎士団長バルガス将軍の遺体が、バネ仕掛けの玩具のように跳ね起きたのだ!
「ガハッ……!? なんだ、まだやれる、オレはまだ……手柄を立て足りないぞおおお!」
死んだはずのバルガス将軍の突然の咆哮に、エルンは腰を抜かして驚く。
「しょ、将軍閣下……? 閣下はさっきまで死……死んでおられたはずでは……」
「何を言うか、エルン5級魔道書記官! 見ろ、わしのこの漲る力を! まるで今この瞬間、わしは歴史に刻まれるような『功績』を天に予約した気分だ!」
「は、はいィィ……?」
復活したバルガス将軍が大声を上げながら外へ飛び出して行き、それと反対にしーん……と静まり返る天幕の中で、エルンは真っ青な顔でぶるぶる震える自分の右手を見つめた。
「……間違えた」
それも、とんでもなく、致命的に。
「あー、アカン。間違えたなー……」
アンのつぶやきが、エルンの心の傷に塩を塗り込む。
「……こ、これは、即決処刑かも」
ネネの発言が、傷口をさらに抉る。
「う、うおおおおおお!!!」
書き直さなきゃ。消さなきゃ。もし、死んだ人間を勝手に生き返らせたなんてバレたら、魔術的な軍規違反で間違いなく職務はクビ、それどころか良くて終身刑、悪ければ処刑、それも即決処刑だ。
エルンは慌てて修正液代わりの砂を手に取った。
しかし、その時。




