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第七章 砂漠戦線(1)

 朝日が昇り、砂漠全体を覆っていた闇が、次第に砂山の影だけに集約されていく。

 太陽が上昇するにつれ、集約された影すらも少しずつ消えていき、いまや視界の中はすべて、青い空と黄色い砂の大地のみになった。


 その砂の大地を数頭の騎馬が進んでいく。砂の上を歩きやすいように、馬用のヒヅメ靴――フーフブーツ(Hoof boots)という――を履かせてはいるが、普通の土地と比べるとスピードは出ない。

 砂の上では、馬よりもよほどラクダのほうが機動性が高いのだ。


(そんな状況については敵軍も同じはずだ。敵にラクダ騎士団があるワケではあるまい)

 第二重装騎士団の斥候として、想定戦場の実地確認を任されたのは、エルンが蘇らせた四騎士のひとりであるザイール・バハラムであった。


 バハラムと数人の斥候騎士たちは、とある砂山の下で馬から降りた。

「ではいくぞ。みな油断するなよ」


 訓練の甲斐あって、引き手のロープが地面に落ちていても、ハミを噛ませた馬たちはその場にじっと留まっている。その状況を確認したバハラムは、姿勢を低くして砂山の最上部を目指して這い上る。


 砂山の稜線のこちら側に寝そべるようにして、稜線の向こう側を覗いてみると……。

 そこには理法共和国ロゴスの一大勢力が集結していた。その数、およそ数千人はいるであろうか。

「スゴい数だ。人数だけなら我々の数倍はいる、というところだな……」


 敵の兵力は、歩兵、騎兵が中心のようだが、こちら側に近いあたりには横方向に荷車の列が何列も並べられ、荷車の合間合間には魔導砲が配置されている。


「あんな陣地を築かれてしまっては、騎兵の突撃は防がれてしまう。ただでさえ砂漠では馬の動きが遅いのに、あれでは魔導砲弾の狙い撃ちに遭ってしまうな……」

 堅陣のうえに多勢に無勢では、これは勝ち目がない。


「さて、どう戦うか。何か勝機があるものだろうか」

 バハラムは勇者ではあったが、これだけの戦力差を見せつけられてしまっては、彼が焦りを感じてしまったとしても仕方ないことだっただろう。


 砂漠戦線における第二重装騎士団の前線司令部は、バハラムが敵の最前線を確認したところから、馬でしばらく行ったところに設置されていた。

 作戦会議の席上、バハラムは早速、先ほど自らが確認した斥候状況の報告を行なった。


「うーむ、なかなか敵は手強い状況のようだな……」

 バルガス将軍が難しい顔をして、想定戦場の敵の配置図を検討している。


「砂漠戦線では人数が多いのが優位とは限らん。まずは水。大人数を支える水を用意するのは尋常ではない。持久作戦で敵を日干しにしては?」

 分団長の一部からそんな声が上がる。


「いや敵も馬鹿ではない。陣形が整い次第、直ちに進撃を開始するじゃろう。我々にそれに対抗する手段はあるのか?」


「軽騎兵による弓攻撃や夜襲は? あとは砂漠民の協力を得て、水源の破壊や毒の投入は?」

 さまざまな提案がされたが、なかなかコレというものには辿りつかない。


 斥候報告から、敵の攻撃開始は早くて明日の午後と想定されたため、本日の深夜、決死隊を編成しての奇襲攻撃、つまり夜襲を行なうことが決定した。その先導は土地勘のあるバハラムが務めることとなった。


「さすがに今回の戦いは、なかなか厳しそうだな……」

 もはや前線司令部が寝床、と事実上決まってしまったエルンたち三人。


 ネネが大テーブルのうえに簡単なシートを敷いて横になり、エルンは床の上に、アンはエルンの寝返りで潰されないような場所で、各々横になっている。


「あと二時間もすれば、決死隊が出撃するんやろうが、敵とて夜襲の警戒はしとるやろ。戦果が出るか、微妙なもんやな……」


「それって、決死隊は行くだけムダだってこと?」

「ムダとまでは……でも大きな戦果は期待できんやろ。明日になれば、うちらみんな、敵の大兵力に取り囲まれとるかもしれんな」

 ネネとアンがそんなやり取りをしている。

 

(そうなれば……オレたちは結局……)

 エルンは自分の無力を痛感した。

(せめて……ネネだけは逃がしたいな。でもこの前の話ぶりじゃ、オレが「逃げろ」と言っても逃げないかもしれない。せめて逃げる時間くらいは稼いでやりたいが、そのためにはオレはどうしたら……)


 エルンは必死に考えた。考えて考えて……。

 ついに、ひとつの考えが彼の頭に宿った。

(これならなんとか……いや、まずはアンに確認が必要だな)


「……アン、ひとつ聞きたいことがあるんだが」

「なんや、改まって」

「例えばさ、例えばだよ? オレが今ここで、『天候報告書』に魔道ペンで『強風』って書いたら、どうなると思う?」


「やめい! アホなこと考えんなや。そんなことしたらたちまち強い風が巻き起こって、ここら一面は砂嵐になるわい!」

「そっか……そうなんだね。やっぱりそうか……」

 エルンの反応を聞いたアンは、ぎくり、として目を見開いた。


「エルンまさか、おまえ……変なこと考えとるんやないやろな?」

「…………」

「えー……エルン……どうか……した、のぉ?」

 大テーブルの上から、半分寝ぼけたネネが反応する。


「いや、どうもしないよー……ゆっくりお休み、ネネ」

「……うん、おやすみ……さい……むにゃむにゃ……」

 すぐにエルンはアンに向けてささやく。

(アン、頼むから静かにしてくれ。ネネを助けるにはこれしかないと思うんだ……ちょっと天幕の外で話そう)


「アホなこと考えるなぁ、おまえ……」

 満天の星空の下、月明かりのない暗い夜の中で、アンはエルンに言った。


「決死隊に加わって敵の直前まで行き、天候報告書に『強風』って書いて敵を砂嵐に巻き込むなんて、よくそんなアホなこと思いつくな? ほんま、呆れるわ……」


「それくらいしか思いつかなかったんだよ。うまく敵がたくさん巻き込まれてくれればウチの勝ちだろうし、たくさん巻き込めなくてもアンの脱出する時間くらいは稼げるんじゃないかと思ってさ」


「まあ、そりゃそのくらいはな……でもマジでか?」

「マジマジ、大マジだよ」


「これ、おまえ自身が砂嵐に飲み込まれて……その、助からんかもしれんのやぞ?」

「だって魔道ペンを使うタイミングは、実際に様子を見ないとわかんないからね。ま、怖いけどさ……何とか自分も助かるように頑張ってはみるけど……」


「……ほんまにアホなこと考えるなぁ、おまえ」

「アホでえらいすんまへんなー。あはは」

「……マネすんなや、このボケ」

 アンが呆れ顔でため息をつく。


「ホンマしゃーないなー……ま、魔道ペンの持ち主に死なれたら辞書精霊の名折れや。しゃーないから、うちも付き合ったる。『書記官と辞書精霊は一心同体』やからな」


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