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第七章 砂漠戦線(2)

 バハラムら決死隊の面々が自分の天幕で出撃準備を整えていると、不意な客の来訪を告げる警備兵からの報告があった。


「こんな真夜中に客だと? 出撃前だ。帰ってもらえ」

「それが……」

 警備兵は訪問者がエルンであることを告げる。


「なにぃ、エルン書記官だと? 書記官がこんな真夜中に何の用だ……やむを得ん、お通しせよ」

 

(奇想天外な作戦でわが騎士団の大勝利に導いた御仁が、まもなく死に赴く我らにいったい何の話があるというのか……)


 自分が不死の存在とは知らないバハラムは、決死の覚悟への集中を乱す突然の書記官の来訪に、機嫌を悪くした。


「エルンスト5級……いや2級魔道書記官です。深夜、それも出撃前に大変申し訳ございません。バハラム殿に折り入ってお願いがあって参りました」


(こちらが出撃前とわかっていながら、願いごとのために来たのか。よほどツラの皮が厚いか、自分のことしか考えてないと見える。こんな若造には早々にお引き取り願おう)


「書記官殿、大変申し訳ないのですが、私も出撃直前で気が昂っております。そんな時に『お願い』と言われましても冷静に対応できる自信がございません。どうぞ今日のところはお引き取りを」


「バハラム殿、わが軍の勝利のために必要なことなのです。わたしも命を賭けるつもりで参りました。ひと言だけでも話を聞いてくださいませんか?!」


(……ふん、命を賭けるなどと大げさな。まあおっしゃるとおり、ひと言ふた言、聞くだけ聞いて追い帰すか)


「わかりました。それで……私に何を聞けとおっしゃるのですか」

「今回の夜討ちで、わたしは砂嵐を起こして敵を葬りたいと考えています。だからわたしを決死隊に加えていただきたい」


(なっ、なんだと?!)

 バハラムは驚愕した。と同時にからかわれたと思い、頭に血が昇った。


「この夜中に砂嵐を起こすだと?! そんなことができるはずがない。この若造が調子に乗りおって、愚弄するのも大概にせい! デタラメ言うな!」


「……ケツの穴の小さいやっちゃな。おぬし、一度死んで蘇ったんちゃうんかい」

「な、なに?! だ、誰だっ!」

 エルンから別人の声が聞こえる。年齢を経た声だ。


「おぬしを蘇らせたのはこのエルンよ。おぬしの剣がぐにゃぐにゃと敵を追尾してトドメをさせるのも、敵の剣が芝生になったのも、敵が急に愛に溢れたのも……みんなこのエルンのやったことや」


(俺が一度死んで蘇ったのを知ってるだと?! 他の連中はみな俺は失神しただけと思ってるのに……こ、こんな若造が俺を蘇らせたのか?! あまつさえ敵にあれほどの打撃を与えたというのか……?!)


「……すべて本当のことです。全部オレがやりました。だから今回もやります。夜中に砂嵐を起こし、必ず敵を葬ります。だからバハラム殿の決死隊に加えてください」


(この若造、いや若者の言うようなことができるのなら……たしかに敵に大打撃を与えられるが……ただな)


「書記官殿、騎士団長閣下のお許しはあるのでしょうな?」

「そっ、それは……」

 エルンが言葉に詰まる。


「この真夜中に砂嵐を起こせるなら、俺としても是非に連れていきたい。いや是非とも共に来てほしい。だが、それはバルガス閣下のお許しがあっての話。騎士団長に無断で貴官を決死隊に加えることはできぬ」


「……わかりました。それではこれからバルガス閣下を説得に行きます。その間、出撃は見合わせてください」


 バハラムは腕組みをして「うーむ……」としばらく考えていたが、やがて人差し指を一本立てて、エルンのほうへと示す。


「一時間だ。一時間だけ待とう。その間にバルガス閣下に『うん』と言わせてこい。そうしたら決死隊に加えてやろう。騎士ザイール・バハラムに二言はない」


 エルンがバハラムの天幕を去り、騎士団長の天幕に向かってから、すでに五十分が過ぎた。

(書記官殿は間に合わぬな。まず当然だ。バルガス閣下が文官、それも紋章院所属の書記官殿をわざわざ死地に向かわせるはずがない)


 バハラムが騎士団長なら、そんな申し出を認めるはずがない、とも思う。


(あの若者の話を受け入れて、閣下に無断で決死隊に加えたほうがよかったか……俺はどうせ一度は死んだ身、命なんぞは惜しくないが、どうせなら敵に大打撃を与えて死にたかった。後悔先に立たず、とはこのことよな)


「よし、出撃じゃ! 決死隊各位の準備はできておるな?!」

「はっ! すでに天幕前に集合しております!」

 バハラムの従卒が即座に返答する。


「よし、出撃するぞ」

「あの……書記官殿はお待ちになりませんので?」

「待たぬ。もはや間に合わぬわ」


 バハラムが天幕の入り口の布地を跳ね上げ、外へ出ていくと、決死隊一同はすでに全員整列を終えている。

 皆ひとかどの騎士たちであり、この期に及んで騒ぎ立てる者はない。静かに隊長であるバハラムの下知を待っている。


「それではこれより、敵に先手を打って出鼻を挫くために夜襲をかける。ひとりでも多くの敵、ひとつでも多くの武器を屠り、明日のわが帝国のいしずえとならん!……征くぞ!」

「応っ!」

 

「待てえっ! その隊、出撃を待たれよーっ!!」

 遠くのほうから、決死隊をその場に留めようとする呼び声が聞こえる。

「む? 何者だっ!」


 やがて遠くから近づいてくる蹄の音。全速力で走り寄ってくる馬上に、雄々しくその勇姿を現しているのは……。

「あれは……ドラグナー殿、か?」


 まさに馬を駆けさせ、こちらへ向かってくるのは騎士団随一の勇猛で知られる騎士ドラグナーであった。その背中にはひとりの若者……エルン書記官が必死にしがみついている。

 

「どうどう……止まれ止まれっ……おう、なんとか間に合ったようだな。バハラムよ、ご苦労」

「これはドラグナー殿、こんな時間にどうなさったのか……ま、まさか」

「その、まさかよ」


 ドラグナーは馬からヒラリと降りると、エルンを抱えて馬上から下ろし、バハラムに話しかける。

「団長閣下が、エルンスト書記官がこの隊に加わることをお認めになった。攻撃の後、必ず書記官をお守りして原隊に戻って来いバハラムよ。それがバルガス閣下のご命令である!」

 

「それが団長閣下のご命令とあらばこのバハラム、必ずやご命令に従おうが……しかし無茶なことを言うのぉ、閣下も。『全力で死んでこい』と言われたほうが何百倍も楽じゃわい……書記官殿を守り、生きて帰れとは」

 フッ!と不敵に鼻で笑うバハラム。


「バハラム殿、ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いします」

 エルンが改めてバハラムに挨拶する。

「そのかわり、オレは必ず敵に大打撃を与えてみせます。自然では絶対に起きない、真夜中の砂嵐で」


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