scene15 怒り
石造りの牢は、冷たい。
湿った空気。かび臭い臭い。遠くで滴る水音。
俺の気持ちを暗い闇の中へと引きずり込むには十分な要素があった。
「…はあ」
足を投げ出し大の字になり、天井を見上げ深いため息をつく。
「勇者なんだけどなあ...」
「無資格なので非公式の勇者ですけどね」
隣の牢からティアの声が聞こえる。
「そんな事言うなあ、やれば出来るんだ
結構できる勇者なんだよ」
「やり方が間違っていたんじゃないですか?
資格が嫌いでも無視してはダメですよ」
「そんなことない!助ければ良いだけなんだ」
「はいはいわかりましたよ。セイ」
投げやりな返事...って言うか、急に呼び捨てになった...。
まあ様付けされたいわけじゃないけど...呼び捨て...ちょっと気になる。
その時だった。
城の外から、轟音が響き地面が震える。
遠くで爆発のような音、悲鳴、怒号。
「...なに?」
ティアがおびえた声を出す。
再び衝撃が響く。
石壁に砂が落ちる。
俺は立ち上がり、鉄格子をつかんだ。
牢の前の通路を、鎧姿の兵士が慌ただしく走り抜けようとする。
「おい!」
兵士の一人を呼び止める。
「なんだ?!」
「何があった!?」
兵士の顔は青ざめていた。
「魔族だ!魔王軍が城に攻め込んできたんだ!」
息を荒げながら叫んでいた。
鉄格子を握る手に力が入る。
「俺をここから出せ!俺が、俺が倒す!」
兵士は首を振っていた。
「それは出来ません」
「なんでだよ!」
「資格が無いからです。
あなたは無資格です。
そして私は、牢の鍵を開ける資格を持っていません」
俺は唖然とした。
こんな状況で、人の命がかかっている、こんな時まで...。
「そんな状況じゃないだろ!
こんな時まで資格資格資格!」
俺は声を荒げていた。
人の命は資格より軽いのか...。
「鍵持って来いよ。俺が開ける」
「ダメです!無資格は重罪です!」
兵士が叫び返す。
その瞬間。
通路の奥の壁が...爆ぜた。
石が吹き飛び、粉塵が舞い上がり、黒い影が現れる。
角を持つ異形の魔物が、赤い目をギラリと光らせ兵士を見る。
兵士が振り返ろうとしたが...。
「しまっ...」
魔物の腕が振り下ろされた。
鈍い音とともに、赤い血が舞い散る。
俺の視界が一瞬真っ赤に染まった。
兵士の体が壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。
視界がかすんだ。
鉄格子の向こうで、兵士が倒れている。
「...俺が」
怒りで声が出ない。
「俺が助けられたのに...」
拳が震えた。
魔物が俺を見ている。
鉄格子の向こうで響く低いうなり声。
「セイ!ダメですよ」
ティアの声が聞こえたが、もう関係なかった。
俺は...俺の気持ちに従う。
鉄格子を両手で掴み力を籠める。
……ミシリ...。
金属が悲鳴を上げ、石の壁にヒビが入る。
次の瞬間。
鉄格子をねじ曲げ、引き裂いた。
重い鉄格子が、鈍い金属音とともに床に落ちる。
魔物が一瞬ひるんだ。
「もう資格とか...どうでもいい!」
怒りと悔しさが俺の足を一歩、また一歩と前へと踏み出させる。
「目の前で...目の前で人が死ぬぐらいなら、何度でも罪人になってやるよ」
魔物が飛びかかってくる。
俺は落ち着いて拳を振るう。
衝撃。
空気が弾け、魔物の体が粉砕される。
血煙が通路を染めた。
ティアの視線を感じた。
その目は、俺を責めるわけではなく、ただ俺を見ていた。
魔王軍の侵攻はまだ終わっていない。
「行くぞ」
俺は走り出した。
もう振り返る必要も考える必要もない。
資格なんか必要ない。
俺はただ人の命を救いたい。
それだけだった。




