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反乱

 馬車は森を走る。

 こうしている間にもジークの身に危険が迫っている。どうにかして彼に伝える方法は無いだろうか。出口の見つからない思考をぐるぐると脳内で泳がせていると、馬車は急に動きを止めた。


「何……?」


 こんな森の奥深くで馬車を停める予定などない。


「どうしたんだろう。事故かな」


 大司祭様も不思議そうな顔をしている。と言うことは、これは彼にとっても不測の事態という事だ。


(今がチャンス……!)


 私は急ぎ馬車の扉を開け外に飛び出した。


「あ、駄目だよ」


 大司祭様は外に飛び出した私の腕を間髪入れず掴んだ。


「は、離してくだ……」


 大司祭様の腕を振り払おうともがいた時、目の前の景色に私は固まった。

 私達の乗る馬車にはツェーザル司祭を筆頭に多くの下級司祭が集まり、おのおの刃物を持っていた。腕の立つ司祭は剣を、それ以外の司祭は小刀を。大凡「司祭」というものには似つかわしくないその光景に私は目を疑う。


 よく見れば周りの馬車の数は半分ほどになっており、ジーク達の馬車も見当たらなかった。いつの間に分けられたのだろう。全然気づかなかった。


「貴方が悪いのですよ、大司祭様」

「ツェーザル君。一体何の真似だい? 司祭ともあろう物がそんなものを持ち出して一体どうしたの? 1番長い期間俺に仕えてくれていた君がこんな真似をするなんて」


 大司祭様はそれでも表情を変えなかった。飄々といつもの様にツェーザル司祭に話しかける。


「王女様をお離し下さい。貴方は聖地で一体何をしているのです。その方はこんな私の話も嫌な顔一つせず聞いてくれた。優しくして下さった。貴方の魔の手に落ちる前に私達で阻止します」

「だからね、彼女を連れて行くのは俺ではなく主神の意思……」

「そんな筈がない。お前がこれ以上神殿の名を汚す前に。次の犠牲者を出す前にここで決着をつける」

「君に神殿の何が分かるの? 下級司祭の君達が大司祭の俺より神殿に詳しいの? 貢献しているの? 有象無象の君の価値が本当に正しいの?」

「う、うるさいっ! お前が大司祭なんて誰が認めるか。いつもいつも女遊び。この場で俺たちが裁きを下す」

「はぁ。君にはその程度でしか物事が見れないから、下級司祭なんだよ」


 ツェーザル司祭はカッと顔を赤らめた。


「お前に……。お前に俺の気持ちが分かってたまるか。いつもヘラヘラしやがって。なんでいつも遊んでいるお前が大司祭で俺が下級司祭なんだ。こんな不公平な事があるか」

「そう。君は自分の立場が低い事を俺に八つ当たりしているんだね? 残念だけど、仲間を集って俺を暗殺した所で君はずっと下級司祭からは上がれないよ」


 大司祭様は幼子を諭すかの様にツェーザルに語りかける。


「君には才能がないもの」


「う、うあああああああぁぁぁ」


 ツェーザル司祭はナイフを振りかざして大司祭様に突き刺すが、刃が届くことはなかった。魔法陣が浮かび上がりツェーザル司祭を跳ね返したのだ。


「困ったなぁ。真面目なツェーザル君がこんな反乱を起こすなんて。馬……は車に繋がれてるし、このまま逃げようかな」


 大司祭様は私の腕を引き森の中を走り出す。


「待ってください、大司祭様。私関係ないですよね!? 離してください」

「君に逃げられると困っちゃうんだなぁ。ほら、ちゃんと走らないと追いつかれちゃうよ。君は生身だからこんな所で間違って刺されたら死んじゃうかもね」


 えぇ。ひどい!


 私は死に物狂いで森を駆け抜ける。しかし、私が着ているのはドレスだ。当然男性である司祭様にはすぐ追いつかれてしまう。


「往生際が悪いぞ。王女を離せ。お前は一体彼女を連れてどうするつもりなんだ」


 追ってきたツェーザル司祭が私のもう一方の腕を掴んだ。私は後ろに引っ張られ、腕を掴んでいた大司祭様の手は私の手元へとスライドしていく。しかし、手と手が触れる前に大司祭様は私から手を離した。


「悪いがお前にはここで消えてもらう。お前は神殿の癌だ」


 司祭様の言葉に大司祭様は可笑しそうに笑った。私達は森を抜け眼前には崖。下にも木々が広がっているとはいえ、落ちたらただでは済まないだろう。いくら大司祭様でも空を飛ぶことは出来ない。


「どうしましたか? 逃げられないと悟っておかしくなりましたか?」

「ははは。君は本当に司祭には向いていない」

「まだその様な戯言を」


 森から飛び出してきた複数の司祭が大司祭様に向かって飛び出した。飛びかかるように刃物を突き立てるが、やはり刃は通らない。しかし、ぶつかられた反動で大司祭様は崖へと突き飛ばされた。


「わわ」

「大司祭様!」


 私は無我夢中で走り落下する寸前の大司祭様の手を掴んだ。気がついたら体が動いていた。


「王女様!? 何故その様な者の味方を!?」


(分からない。でも、この様な形で人の命を奪っていいのだろうか。私は、自分が助かるために人の死を良しとしていいのだろうか)


 手と手が触れ合った瞬間、最初に握手した時の様ななんとも言えぬ感情が私の心を支配した。勝手に涙が溢れ出す。

 力が抜けたことも相まって、私の体も引きずられる様に宙へと投げ出された。よく考えれば男性の体を私一人で持ち上げることなど到底無理な話だった。でも体が勝手に動いたのだから仕方がない。


 大司祭様の顔を見れば彼の目にも涙が浮かんでいた。


「どうして?」

「これだから、嫌だったんだ」


 大司祭様は私を守る様に抱きしめた。それと同時に新しい魔法陣を展開した。


「衝撃に備えて。絶対に暴れない様に」


 私は頷いた。木々がもう目の前迫っていたから。





 バキバキバキと枝が折れる音と共に私達は地面に落ちた。


「……生きてる……」


 小枝で引っ掻いた小さい擦り傷は無数にあるし、打ち付けた足は痛いけれど何処も体に異常はない。

 鳥がピピピと鳴き、空を見上げれば曇りのない綺麗な青空が広がっている。崖を見上げれば覗き込む人間が豆粒の様に小さく、よく生きていたものだとゾッとしてしまう。


「うっ……」


 下から呻き声が聞こえ、大司祭様の上に乗っていた事を思い出した。


「申し訳ありません。ご無事ですか!?」

「なんとかね」


 慌てて私は彼から降りる。私が一緒に落ちた意味は無かったけれど、彼が生きていて心底ホッとする。


「助けて頂きありがとうございました。先程、崖上から司祭様たちが見ていました。逃げるなら早く行った方が……」

「そうしたいのは山々なんだけれどね」


 そこで私は漸く気がついた。彼の足が変な方向に曲がっていた事に。自分を含め人の怪我なんて殆ど見たことがない。私は直視する事も出来ず、目を逸らしてしまった。


(これって……、大丈夫なやつ? 放っておいたら死ぬんじゃないの?)


 大司祭様は呻きながら身を起こそうとしていたので、私は背中に手を当て彼を支える。


「大司祭様」

「そんな顔しないで。俺は回復の魔法術も使えるから。暫くここにいれば歩ける様にはなる。残念だけど、今の俺では君を捕らえることが出来ない。勝手に逃げなよ」


 逃げたい。でも、助けて貰ったのにこの状態の人間を放っておくってどうなの? いや、この人は私を攫った悪い人で捕まったらもうアレクとは会えなくなる訳で……。


「〜〜っ!!」


 私はもう考えることを放棄する。頭でごちゃごちゃ考えるより、自分がしたい様に動こう。私は立ち上がり彼をその場に置いて崖沿いを一目散に走った。


(早く。早く。何処か)


 そして、私は目的のものを見つけると直ぐに引き返し大司祭様の元に駆け寄った。


「大司祭様。あちらに小さい洞窟がありました。ツェーザル司祭達がいずれここまで来るでしょう。この場に留まるよりは安全です。移動できますか?」


 大司祭様は目をぱちくりさせながら私の顔をまじまじと見た。


「君。逃げたんじゃ……」

「逃げるのならば、元気な貴方から堂々と逃げます」


 大司祭様は目を見開いたかと思えば、堪え切れなかったというよう様に「ははっ」と笑った。


「君は馬鹿だと言われないかい?」

「あいにく、私は人から褒められたことしかありませんよ。歩けますか?」

「肩を貸してくれれば」


 私は大司祭様に肩を貸し、先程見つけた洞窟へ連れて行く。ひょこひょこと痛そうに歩く様子を見るとやはり完治にはそれなりの時間がかかるらしい。


「治すのにどれくらいかかるのですか?」

「うーん。数日かな」

「それでどうやって逃げようと思ったのです?」


 大司祭様は返事をしなかった。この人は本当は死ぬことすら覚悟していたのかもしれない。


「もう少し人に頼って生きてみてはどうですか?」

「そうだね。もし生きて帰れたら考えてみるよ」


 絶対考える気ないわね。


「少なくとも貴方が動けないうちは私を頼って下さい。もう既に私によりかかっているのですから構わないでしょう?」

「君に身を預けるには大分頼りないなぁ」


 流石に男性に肩を貸して歩くのは大変で息が上がる。必死の思いで少し離れた洞窟に連れ、大司祭様を地面に下ろせば彼は真っ青な顔色をしていた。


「ちゃんと回復しているのですよね?」


 私が心配になって尋ねれば、彼は大丈夫とそれだけ言う。横に座り暫く耳を澄ませていれば、人の声が遠くに聞こえた。


(駄目、ここにいてもいずれ見つかる)


 しかし、大司祭様の顔色は悪い。この人をこれ以上動かして良いのだろうか。大司祭様は、口に人差し指を当て静かにとディスチャーで伝えると、洞窟の入り口に新しい魔法陣を展開させた。入り口には透明の膜の様な物が現れた。


「目くらましの陣だよ。彼らでは術を見破れない。静かにやり過ごせば大丈夫」


 結局、私はわたわたしているだけだ。彼にまた無理をさせてしまった。


「私に何か出来ることはありますか?」

「手を握って欲しい」


 大司祭様にふざけている様子はない。それで、楽になるのなら幾らでも握ろう。ぎゅっと握れば、またあの不思議な感覚に包まれる。大司祭様は安心した様に目を閉じた。


「あぁ、君の魔力は心地が良いな」


 そう言って、私の肩に頭を落としたまま動かなくなってしまったので、慌てて鼻の下に手を当てた。鼻息が手に当たり呼吸を確認出来た。


(良かった。ちゃんと生きている)



 それにしても随分おかしなことになってしまった。


(一体どうしたらジーク達と連絡が取れるのかしら)

ジーク達はツェーザル司祭達の計らいにより、森の途中で別の道へと進みました(本人達の同意はありません)ツェーザル司祭は馬車を運転していた司祭も仲間に引き込んでいます。彼なりの正義でドロシー達を守ろうとしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ツェーザル司祭、ドロシーのためとは言えだいぶ思い切ったことしましたね! ルカから才能がないとか、いろいろ心にくることを言われてちょっと可哀想でしたが、きっと本心では気に入られているはず…?…
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