大司祭の仕事
ゆらゆらと夢を見た。小さい頃の夢だった。昔の夢は嫌いだ。悲しい思い出しかないから。
ぼーっとする頭で俺は目を覚ます。気分はかなりいい。見覚えの無い景色、硬い地面。でも温かいのはどうしてだろう。そして気づく。俺は雨乞い師にもたれかかって寝ていたことを。慌てて離れようとしたが手を握っていたことを思い出す。
「あー。やらかした」
懐かしい夢を見たのはこのせいだ。魔力がある者は素肌で触れ合うと互いに魔力を感じ取ることが出来た。その人の性質によって魔力の形は違い、魔力量が多い方により影響される。こいつの魔力は人を包み込む性質の魔力だ。俺は初めて握手した時からこの女が本当に苦手だった。
横で眠る雨乞い師は全くの無警戒で眠っている。
「この子。こんなに俺に気を許して大丈夫なのか?」
眠っている雨乞い師の頰にぷすりと指を指してみれば、ううんと唸って手を払われた。
「ははは。……っと」
つい笑いが漏れて、口を塞ぐ。声に出して笑ったのはいつぶりだろうか。敢えて雨乞い師には関わらないようにしていた。だって、どうせ後で恨まれるのに仲良くなっても損だろう?
大司祭は神殿の中では敵の方が多い。上級司祭達は魔力持ちの競争社会で大司祭になろうとギラギラしているし、魔力の無い下級司祭からはこうして嫉妬される。それでもツェーザルとはなかなかに長い仲だった。
(割と気に入ってたのにな)
まさか、こんな手痛く裏切られるとは。
上級司祭や大司祭は魔力持ちの人間を集めるのも仕事のうちだ。俺の場合この顔面を最大限に利用して町人と触れ合い魔力のある人間を探していたけれど、いかんせん、少し派手にやり過ぎたらしい。
下級司祭は魔力が全く無いもの達でありそれが神殿の司祭の大多数だ。彼らに神殿の本当の姿なんて話せるわけがないし、説明した所できっと理解は得られ無いだろう。むしろ、神殿の組織そのものが崩壊する可能性の方が高い。魔力量で階級が実は決まっているなんて納得出来ない者の方が多いだろう。
「あー、めんどくさ」
ここからどうやって帰ろう。雨乞い師を連れて行くなら馬車は必須だ。聖地に行くのに歩きで行くのは遠すぎる。
しかし、馬は無いし金もない。
(まぁ町に行けばなんとかなるかな)
なんてったって大司祭だから。多少薄汚れてても有難がってくれるだろう。
もう大分足の痛みも引き、歩くのに問題は無いだろう。ところが、試しに立ち上がってみると激しい目眩に襲われた。目の前がくらくらし、思わず膝をつけば背後から雨乞い師の声がした。
「まだ熱が有ります。無理に立ち上がってはダメですよ」
「この位なんでもないよ」
「立ち上がれもしない人が何を言ってるんですか」
「あれからどれくらい経った?」
日が傾いている。夕方か、夜明けか。
「まだ数時間ですよ」
(じゃあ今は夕方か)
雨乞い師は呆れた顔をしながら、ゆっくり俺を寝かせた。足を折った所為だ。怪我は治った、発熱も放っておいても今晩には引くだろう。
雨乞い師は俺の額に手を置く。その手が、魔力が今はなんだか心地いい。
「熱、結構有りますね」
「そうかもね。思いっきり優しくしてね」
「冗談言う元気があるのなら大丈夫ですね」
そう言って雨乞い師はそっぽを向いた。
「君はさ。俺の事を恨まないの?」
「……怖いとは思いました。大司祭様を含め色んなことが。しかし、恨みはしません。これは神殿の意思なのでしょう。では貴方を恨んだ所でどうにもなりません」
「そう。俺は、俺を連れ出した大司祭を随分恨んだよ」
「大司祭様も……?」
「そうだね。俺の場合は、礼拝の時に見つかってね。平民の出だったからこんな回りくどい事をせず、脅されるように入殿したよ。小さかったからあんまり覚えてはいないけどね」
こんな話を人にしたのはいつぶりだろうか。司祭にも、沢山会った女の子達にも出来なかった話だ。
(熱で心が少し浮ついているのかも)
長い沈黙が続く。別に同情が欲しかった訳では無いから別にいい。ただ、今まで溜まっていたものを口にするだけで少し肩の力が抜けた。
「舞いましょうか」
彼女は立ち上がるやいなやいきなりそう言った。もうボロボロに裂かれているのドレスの裾をびりびりと破くとストールの様に軽く腕にかけた。
ポケットから一枚の葉を取り出し、口づけをすると葉は光り弾け砕けた。
彼女は舞う。高められ練られた魔力は頭上に上がる。きっと上では雨雲が急速に発達しているのだろう。間も無く雨は降る。通常の雨と違い魔力がふんだんに篭った雨粒は宝石の様に綺麗だった。
彼女の雨乞いというものを初めて見た。それは美しく美しく聖典の絵本に迷い込んでしまったかの様だった。
不意に頬を伝う熱いものを感じ、自分が涙しているのだとわかった。彼女の魔力は嫌いだ。こんなにも懐かしくて愛おしくて切ない気持ちにさせる。
(俺には綺麗過ぎるんだ)
「私はこの力があることを恨んだことはありません。確かにこの力のせいで色んな事が有ったことは事実です。それでも貴方がほんのひと時でも辛いことを忘れられたのなら、それはこの力のお陰でしょう。貴方の事も世界中の方が尊敬し必要としています。幼い頃の大司祭様をお救いする事は叶いませんが、どうかその事だけは忘れないでください」
「これ以上俺にまだ働けってこと?」
「ち、違いますっ!」
わかっているよ、俺もそこまで捻くれていない。
雨乞い師は洞窟から手を出し、先程腕に巻いていた布を雨で濡らし絞ると俺の頭の上に置いた。
「これ以上小さく破れないので少し大きいのは我慢して下さい」
雨乞い師は優しく笑う。その顔が忘れていたはずの母の面影に重なり、俺はどうしようもない気持ちになり目を閉じた。
「暗くなったし寝る」
「そうですか、お休みなさい」
昨日は早く寝すぎたからだろうか、明け方に目が覚めた。まだ中は薄暗く肌寒い。起き上がると上に掛かっていた布がパサリと落ちた。これは雨乞い師のコート。
ドレスの上に羽織っていた薄手のものだ。彼女を探せば横で丸くなって寝ていた。
「俺なんて放って置けばいいのに」
それも今更か。俺は少し離れた所に魔法陣を張り火を焚く。これ魔力ごっそり持ってかれてくから好きじゃないんだけど。
(まぁでも、昨日のお礼って事で)
コートを雨乞い師に掛け、外に出て伸びをする。
(もう熱も引いた。雨乞い師が起きたら聖地に向かおう)
はぁ。気が重い。このまま逃げてくれれば良いのに、と思い始めている自分がいるのも確かだ。朝の散歩をした後洞窟に戻れば雨乞い師はもう起きて待っていた。
「おはようございます」
「いや、なんで逃げないの?」
雨乞い師はハッと目を見開く。
(本当にこの女は……)
「もう体は辛くありませんか?」
「問題ないよ。さぁ、行こうか」
俺たちは森を進む。
「道は分かりますか?」
「この辺はよく通る場所だからね。日が見えれば大体どの方向に行けば良いかくらいはわかるよ」
「頼もしいですね」
「もう逃げるのは諦めたの?」
「それは森を抜けてから考えます」
「ふぅん。まぁ頑張ってよね」
雨乞い師は何故か嬉しそうに笑った。
「なんで喜んでるの? 意味わかんないんだけど」
「大司祭様がどういったお方なのかようやく知れて嬉しいのです」
「はぁ!? 君、もしかして俺に惚れたわけじゃないよね」
「そ、そんな訳がないでしょう! いうならば大司祭様は反抗期の大きな子供です」
「あのねぇ。俺の方が君より年上なんだけど〜〜? 家族に例えるなら君は大人ぶった生意気な妹だよっ」
俺が鼻を摘めば、雨乞い師はペチと軽く俺の手を叩く。
「おやめ下さいっ! 元気になった様で何よりです!」
次の瞬間だった。
背後に尋常でない殺気を感じ、振り返ればそこには俺の予想だにしない人間がいた。
「そうか。君が来たのか、アレクシス」
これで今年最後の更新となります。
どうそ、良いお年をお迎え下さい。
新年もよろしくお願いいたします。




