招かれざる客②
「アレクシス様、これはどちらに置きましょうか?」
「アルノーに聞け」
何か手伝いたいと執務室に居座るアンネリースをアルノーに押しつける。にこにことアルノーの元に行ったアンネリースはアルノーに雑用を言い渡されている。
正直他国の姫など、この執務室では大した戦力にもならず、むしろ機密事項の書類もあるためかなりのありがた迷惑だった。一言で言うなら邪魔である。いくら帰れと言っても、ご恩を返すまではと梃子でも動かぬため、こうして雑用をさせている。
(一体いつになったら満足して帰るんだ)
執務室にアンネリースが居座ること2日。女がいる執務室というのは本当に仕事が捗らない。その上、彼女はいい加減な仕事が多かった。任せたことを全然やっていなかったり、必要な書類を廃棄したり、無くしたり。それこそ本当に大事な案件こそは触らせたりはしないが、彼女のせいで仕事を増やされる臣下の者たちは堪ったものではないだろう。他の官僚も彼女に相当参っていると報告が上がっている。
(今日中に追い払おう)
「アレクシス様、此方の書類にもサインを下さいませ」
大量の書類を手に、とてとてと覚束ない足取りで私の机にきたアンネリースはお約束のように目の前で転んだ。
「きゃっ」
私の方に倒れてくるアンネリースを仕方なく受け止める。
「ありがとうございます」
恥ずかしそうにアンネリースは身を起こした。本当に邪魔にしかならない女だ。
「そういえば、アレクシス様。昨日、外交省に寄りましたら、若い殿方に沢山話しかけられて怖い思いをしましたの」
それは、お前が届けた書類を落として散らばしたからだろう。他国との関係により敏感な外交省が慌てて手伝いを申し出たのは自然なことだ。
「ですので、男性の護衛を一人お貸し願いたいのです。この広い城の中を熟知している方が側にいれば安心ですし」
「そんな暇な騎士はいない」
「いるではありませんか。ヘリオス国の姫君に着任している騎士がいると聞きました。彼らなら今暇でしょう?」
この無神経な女を今すぐ城から放り出してやろうか。何故ドロシーの騎士をお前につけなければならない。
殺気が漏れていたのか、アルノーが間に入った。
「陛下。落ち着いてください。シモンなら確かに今手が空いていますし、アンネリース様の見張りにつけておくというのも一つの手ですよ」
「私はもうあの女を視界にいれるのも煩わしい。お前に全て任せる。とりあえず部屋からつまみ出せ」
小声でアンネリースについて話していると、当の本人は気にする様子も無く私の側にやってくる。
「わたくし、お役に立つでしょう?」
にこりと笑う彼女は、見る人が見れば花のように愛らしい笑顔なのかもしれない。しかし、私には殺意しかわかなかった。
「アンネリース様、次はこちらをお願いできますか?」
「はい。お任せくださいー」
アルノーは急いで、アンネリースを私から引き剥がし部屋から連れ出した。その後しばらくして、シモンだけを連れて執務室に戻ってきた。
「な、なんですか?アルノー様」
「シモン、貴方にアンネリース様の保護を頼みます」
シモンは少しむくれた様に「私はドロシー様の騎士ですよ」と言う。
「あなたにしか頼めない緊急事態です。このままでは陛下がアンネリース様を殺してしまいかねません!」
「えぇ〜。それは僕をつけたところで何にもならないかと思います」
「それでも居ないよりはマシです。出来れば姫君が早く国に帰るよう説得して下さい」
シモンはしぶしぶアンネリースの元へ向かう。アルノーの言い様に思うところはあるが、これであの女が視界から消えるなら多少のことは目を瞑ろう。
▽
「はぁ、アレクシス様。本当に優しくなっていたわ。以前ならわたくしのことなど放っておいたはずなのに。これはチャンスだと思わない? シモン」
「はぁ」
わたくし、アンネリースは雨乞い師の騎士に語りかける。今日も本当によく働いた。城でもこんなに働いたことなんてない。それもこれも全部アレクシス様に認めてもらうためだった。そして、この騎士を私につけて下さったということは、わたくしが婚約者として雨乞い師に勝利したことを意味している。
「最初は顔を合わせるのも恥ずかしくてどうしようかと思ったけれど、陛下がこんなに好意を示して下さるなんて夢みたいだわ」
「はぁ」
騎士はやる気が無さそうに返事を返す。やはり雨乞い師との婚約なんて気が進まないものだったのだろう。こんなに覇気のない騎士を専属騎士につけるのだから。
「わたくしを抱きとめて下さった時の陛下を見まして? 照れてすぐお離しになってしまわれたけど、戸惑ったお顔がとても素敵だったわ」
「はぁ」
「そうです、姫様。ここまでいけば、もう両思いも同然です。雨乞い師のいぬ間に既成事実でも作ってしまいましょう」
「やだー、ベティったら。いつも過激なんだからっ!」
わたくしは恥ずかしくて紅潮する頬に手を当てる。ヘリオス国には悪いけれど、結婚してしまう前の今が最後のチャンスだ。アレクシス陛下を小さい頃からずっと想っていたわたくしの方が絶対彼を愛している。この機会を絶対に逃したくない。
「でもそろそろ陛下のプライベートに踏み込んでみてもいいと思うの。ねぇ、アレクシス様の宮に今夜お邪魔してみようかしら?」
シモンは、驚いた顔をしてやめた方がよろしいです。と言ったが、ベティは応援してくれる。
「陛下の私室に案内して下さらない? シモン」
「恐れ知らずにも程があります、姫君」
シモンは真っ青な顔でわたくしの考えを否定する。
「わたくしの命が聞けないのですか?」
「私は姫様の命ではなく、命を守るためここにいるのですよ」
「役立たず! いいです。ハーン様に聞きますから」
ハーンはわたくしとアレクシス様との結婚を望んでいる人物の一人だ。保守派の官僚の中にはトランジーヌ国との結びつきを望んでいる者が少なくない。陛下の気持ちさえあれば、婚約者をひっくり返すことなんて簡単だ。
わたくしは、ベティとアレクシス様の宮に向かう。シモンは結局教えてくれなかったので、手間が少し掛かってしまった。どっちにしろ分かる事なのだから、素直に教えてくれれば良いのに。
彼の離宮には驚くほどすんなりと入れた。流石に、ベティは中に入れなかったけれど。離宮の護衛は、わたくしの顔を見れば無言で通してくれた。陛下の部屋の扉をノックすれば「入れ」と返事が返ってきた。
やっと2人きりになれる。わたくしはそおっと部屋に入る。月明かりでみる彼はとても美しく目が離せない。
「何の用だ」
「陛下、わたくしもっとお話がしたくて」
「お前と話すことなど何も無い」
「まぁ、陛下。そんなことを仰らずに」
わたくしは笑顔を作る。いつもわたくしが笑えば男性は優しく接してくれる。
「黙れ。お前の顔を見るだけで虫唾が走る。明日の朝には荷物をまとめて出て行け」
「なんで急に……そんなことを? わたくしの事が気になって苦しんでおられるのですか? 大丈夫です、わたくしはあんな平民紛いの雨乞い師のことなど気にしてはおりません」
陛下はため息を吐く。その吐息さえも色気が漂い見とれてしまう。
「お前の妄想はもう飽き飽きだ」
「えっ?」
陛下は剣を抜き、私の首に剣先を当てる。プツリと皮膚が破ける音がし、血がつぅーと滴り落ちた。
「ひっ」
「あの時、お前との未来はないと確かに告げたはずだ。口で言って分からぬようなら体に言うのみ」
恐怖で頭が真っ白になる。
(怖い。怖い。怖い)
今まで優しかったでしょう? 一体どうして?
わたくしが固まっているとドアを叩く音が聞こえた。
「陛下!バルバラからの連絡が届きました。急ぎご覧ください、ドロシー様が」
この声は陛下の側近であるアルノー様だ。ドロシーという雨乞い師の名が出ると、陛下はわたくしに見向きもせずに扉の方に向かった。少し焦りを帯びた横顔が印象的だった。
アレクシス様もあんな顔もするのね。と頭の隅で思うと同時に、力が抜け安堵の吐息が出た。
「怖かった」
ポツリと呟くが、誰もわたくしを慰めてはくれない。アレクシス様は相変わらず怖かった。ハーンは最近のアレクシス様は角がとれて優しくなったと言っていたが、絶対に嘘だ。
立ち上がれずにへたり込んでいるとアルノー様がようやくわたくしに手を差し伸べた。
「貴女は陛下を支えられる器ではありません。どうぞお引き取り下さい」
「わ、わたくしに傷をつけて無事でいられると思わないで下さいませ」
せめてもの強がりを言うとアルノー様は意地悪く笑みを浮かべた。
「夜に陛下の私室に押し入った貴女が言いますか?貴女の経歴にこれ以上傷がつくことを思えば、首の傷など些細なことでは?」
「そのような意味でここに来たわけではっ。ただ陛下との距離を縮めようと」
「世間はそうは思いません。しかし、貴女が大人しく帰るなら、この事実をこちらも公表する気はありません」
悔しくて惨めでポロポロ涙が流れる。水分で歪んだ瞳で陛下を見れば、先程とは比べ物にならない程恐ろしい表情で騎士に命令を出していた。
「ドロシーを即刻取り戻す」
「ああ〜。神殿に喧嘩を売るのかい? アレクシス? 君のそういう狂ったところが大好きだよ」
「狂っているのはお前だろう、コルネリウス。多少乱闘になっても構わんが、こちらから司祭達に手を出すことは絶対に無いように」
「はいはい。分かっているよ。あ〜、魔法術を使って抵抗してくれないかなぁ」
物騒な会話にわたくしは体が震える。あり得ない会話に、わたくしはアルノー様にしがみついた。
「まさか。神殿に手を出すおつもりですか!? そんなことしたらアレクシス様は王位を追われてしまいます」
「そうならないように私が動くのですよ」
(この国、一体どうなっているの?)
こんな国にいては、わたくしの身も危ない。朝と言わず一刻も早く出よう。
「では、わたくしはそろそろ明月の宮に帰りますわ」
そそくさと帰ろうとしたわたくしをアルノー様は腕を掴み引き止める。
「聞いてしまった貴女を直ぐに帰す訳にはいかなくなりました。他国で誤解を招くような真似をされては迷惑ですから。事態が落ち着くまで、貴女の身柄は預からせて頂きます」
(嘘でしょう!?)
あぁ、お父様。貴方のいいつけで再びこちらに来ましたが、アレクシス様はどうやってもわたくしの手に負える方ではないようです。
コルネリウスはジークが所属していた騎士団の団長です。(念の為)
シモンは、アンネリースがアレクシスの宮へ向かうつもりだと連絡を出していました。人目がない所で話をしたかったアレクシスは、アンネリースが宮へくることを衛兵や騎士達に事前に許可を出しています。
次回はドロシーの方に話が移ります。




