誓い
ジーク視点です
シモン・キャンベル。王の元近衛騎士であり、今はヘリオス国の王女様の騎士に任命された男である。
「何故、貴方がここに?」
俺に絡んでいた先輩は顔を真っ青にさせ言った。それは、そうだ。シモン様は通常ならなかなか顔を合わすことのないエリート中のエリートだ。先の内戦での活躍も華々しいものだったと記憶している。実力は折り紙つきだ。
「内戦が終わり質の低い騎士達が入っているとは聞いたが、まさか此処までとは」
「うっ……。ご、誤解です。元はと言えばこいつがっ!」
先輩は俺を指差す。
次の瞬間だった。その場の空気が変わったのは。背筋が凍りつくような空気、何か恐ろしいものと対峙しているようなあの感じ。それは皆同じの様子で、時が止まったかのように全員が固まった。
「何をしている?」
突然現れた低い男の声に肩がびくりと震えた。この恐ろしい空気はこの男が纏っているのだとわかる。その男の名は誰もが知っている。
アレクシス・ルイス・リジェ。
この国の王である。横にいる眼帯の男はアルタイル騎士団の団長だ。シモン様に王に団長。こんな顔ぶれが騎士塔の前で何の前触れもなく揃うなど誰が想像できただろうか。
シモン様は、当然のように王に頭を垂れる。俺たちもそれに倣って慌てて頭を下げ礼をとった。先輩達はガタガタと震えていた。騎士道に反することをしたのだと自覚があるのだろう。王の容赦の無さは記憶に新しい。とは言え、俺も呑気な事は言っていられない。一連の騒ぎの一端だと判断されれば家名に傷をつける結果になるかもしれない。
その中で、レイナだけがスカートの裾を軽く持ち上げ優雅な礼をしたあと直ぐに頭を上げた。簡素な礼だと思った。侍女ならば最敬礼をしなければいけないのはわかっているはずだ。それをしないということはレイナが相当な身分を持った人間であるということ。例えば。同じ王族。
この国の王族はアレクシス陛下だけだ。他に城にいるのは結婚を間近に控えたヘリオス国の王女……。
(ああ、そうか)
彼女は騎士を選定するにあたってアルタイル騎士団を、自分の騎士となろう人物を調査しにきたのか。
もしかしたら、自分以外にも多くの騎士とコンタクトを取っていたのかもしれない。これで今の状況が理解できた。そこまで思い至った時、団長の声がした。
「お騒がせしました、陛下。この者らには処分を」
団長は面倒臭そうに言った。真相など、どうでも良いと言わんばかりの声音だ。
「お前は本当に」
王は呆れた口調で団長に言った。
「これが今入ってきている騎士どもの実態だ。必ず調査を入れて、膿を取り出せ。あぁ、あとドロシーに無礼を働いたものは一人残らず処分しろ」
「かしこまりました」
団長は、大嫌いな「業務」が増えて涙を浮かべた。でも、これで俺みたいな不遇な扱いを受ける人間がいなくなり、先輩騎士達に制裁を食らわすことができたのだ。十分本望ではないだろうか。
恐らく俺は「処分」される。知らずとはいえ、王女を守れなかった。身の程知らずな態度も取ってしまった。騎士塔で起こった件では被害者かもしれないが、王が言った《無礼を働いた者》には該当するに違いない。
「それで、ドロシーはここに何をしに来たんだ?」
「私の騎士を選びに」
レイナは、いや、ドロシー王女は俺の元へやってきた。
「貴方の夢は知っています。でも、ここにいるよりも私の護衛騎士になった方が近道になると思うの。貴方の夢が叶うまで私の側にいませんか?」
俺は驚きに目を見開いた。
「俺は、貴族の端くれで、碌に実績もありません。騎士になっても訓練場の隅でずっと素振りだけしてたようなやつで……」
「私は貴方がいいわ。優しくて我慢強くて、騎士精神に溢れた貴方を側に置きたいの」
俺の目から涙が溢れた。誰かが俺のことを見ていてくれた。評価してくれた。それが嬉しい。
「お前、実力はあるんだろうな」
王は俺の殴られた跡が残る俺の顔を見て不機嫌そうに言った。
「ふむ。では、こうするのはいかがです?この馬鹿3人組と戦って勝ったら合格ということで」
団長は提案する。素行不良とはいえ、騎士3人の相手。絶対に勝てるとは言い難い。
「良いだろう。ドロシーを守る騎士としての試験だ、不敬を働いてた連中を全て倒せ」
王はフンと鼻を鳴らした。団長は楽しそうに、先輩騎士3人に話しかける。
「ほら、君たち。もし君達が勝ったら僕が減刑を取り計らってあげよう。ここで良い活躍を見せたら、王族の目について護衛にだってなれてしまうかもね。一発逆転のチャンス、チャンス! 頑張って」
団長は愉快そうに、先輩騎士達に発破をかける。後がない先輩たちの目に、闘志がみなぎっているのが分かる。でも俺もここで負けてやるわけにはいかない。だってドロシー王女を守りたいと思う気持ちはアルタイル騎士団の中で一番強いに違いないのだから。
結果、俺は圧勝だった。団長は退屈そうな顔をして王と去って行き、シモン様からはお褒めの言葉を頂いた。まだまだだ、とは言われたけれど、これから稽古をつけて頂けると約束頂けた。
最後にドロシー王女の元へ行く。
「ジーク、貴方ならきっと勝つと思っていました」
ドロシー王女はそう言って俺を迎えてくれた。
俺は膝をついて、腰の鞘から剣を引き抜く。自身に剣先を、柄を王女に向ける。簡易式の騎士の誓いである。
俺の好きだった人。この想いは決して叶うことなど無いけれど、それでも俺はこの方の側にいたい。この優しい心を俺がずっと守って差し上げたい。
「俺の全てをドロシー王女に捧げます」
王女は少し驚いた顔をしたが、差し出された柄を握った。俺の左肩、右肩へと順に剣先を置き最後に俺の顔に剣先を向けた。俺はその剣に口づけをする。王女は微笑み「貴方を私の騎士と認めます」と言った。




