ヘリオスの王女
アレクの名のもとに水面下で王室庁・騎士団に調査の手が伸びた。私の騎士に名門貴族ばかり送ったのは王室庁の長官であった。この人物は、最後までアレクシスと私の結婚を反対していた人物らしい。
名門貴族との癒着、気に入らない私への意趣返しということでこのようなことをしたとのことだ。
報告を受けたアレクは、氷の様に冷たい冷気を放った。これは相当怒っている。
「アレクシス様……?」
おそるおそる声をかけた瞬間、私とアルノーの制止を全く聞かず王室庁に乗り込んだ。会議中だった貴族達は、一様にいきなり現れた王に面食らった。アレクはツカツカと足音を鳴らし、真っ直ぐに長官の元に行くとうなじを掴み、思いっきり顔面を机に叩きつけた。派手な打撃音が響く。会議中だった王室庁の官僚は、恐怖に身動き一つ出来ず、騒ぎに気がついた職員たちが集まり始めた。
「私の婚約者に随分な対応を取ってくれたらしい」
王の言葉に王室庁長官が震える。それは恐怖からか、怪我を負ったからか。
「なんのことでしょう?」
「王女の護衛騎士のことだ。公爵どもから受け取った金の額までこちらは調べてある。あんな騎士とも呼べぬ者達を何故王女の護衛に推薦した」
「ご、誤解でございます。陛下。私の話を聞いてくださいませ」
「癒着がなくとも、騎士精神のかけらも持っていない屑どもを専属騎士に推薦した時点でお前の長官としての資質は無いに等しい」
「っ……」
アレクシスの言葉に長官は目を見開いた。それもそのはず、アレクが私をそこまで重要視していたと彼は知らなかったからだ。人前で、アレクシスは私とスキンシップをとったり仲睦まじく見える言動は取ったりしない。よく観察すれば、すごく細かな気遣いを見せているのだが、一見しただけでは、私とアレクシスの関係はただの政治的な結婚に映ることだろう。
寧ろ、それが今までのアレクシスという人物の当たり前で、女性に対し心を許すことなど想像すらしていなかったに違いない。だからこそ、この男は私に対して杜撰な対応をとった。
「陛下にっ……!我が国の王室に、その姫は相応しくありません。雨乞いなどと今の時代にそぐわぬ奇天烈な呪い師などよりも、よほどトランジーヌの姫の方が我が国に相応しい。まだ間に合います、どうか再度ご再考下さい」
長官は未だ、私さえ排除すれば王の怒りを鎮められると思っている。王の怒りの源が王室を侮辱されたからだと思っているのだろう。上級貴族と癒着していた件は確かに処罰物だが死刑とまではいかない。王妃になるのが、私ではなく、トランジーヌの姫になれば私を軽んじたことは水に流されると思っているのだ。
このままでは殺される、と長官はなんとか声を絞り出す。それが、王の逆鱗に触れたとも知らずに。
「王女を侮辱するか」
「いいえ。ただ、リジェの王室を思えばこそ」
そういえば、アレクシスも言っていたことがある。幼い頃に舞を実際に見てみるまでは、雨乞いの力が本物だとは思いもしなかったのだと。
当時、王子であった彼もその認識なのだ。リジェ国にとって「雨乞い師」とは胡散臭い呪い師のような認識であることに気がついた。今のところ、リジェの中でも私の舞を実際に見た者は王に近しい極々少数の人間だ。
王は剣を鞘から取り出し、長官の首へ目掛け真っ直ぐに振り下ろした。
私は、思わず目を背ける。人が傷つくのを見るのが怖かった。ずっとついていてくれたシモンが私の前に立ち、視界を塞いでくれたが、私の耳はダンっという剣が机に刺さった嫌な音を拾う。
私がシモンの服の裾をきゅっと掴むと「大丈夫ですよ、見ても」とシモンの優しい声がした。
恐る恐る長官を見れば、机に剣は突き刺さっているものの、首と胴はちゃんと繋がっていた。それどころか血も出ていない。剣は首の真横に振り下ろされたようだった。自然と安堵の息が漏れる。
「……。王女にお前の汚い血を見せて怖い思いをさせるわけにはいかない」
アレクシスの言葉に、その場にいた者は唖然とする。怒りに燃えた残虐な王が、王女を思いやって自身の行動を変えたのだから。
すっかり生気を失った王室庁長官をアレクシスはアルノーに放り投げ、高らかに宣言した。
「王女を侮辱することは、私を侮辱することだと思え」
王室庁の者達は皆一様に口をぽかんとさせた後「御意」と礼をとった。
「ドロシー。お前の能力を疑うものがいるようだ。これから伝える地域に三日後雨を降らせろ」
アレクシスは、出来るか出来ないかでは無く、降らせろと言った。ここで私の力を証明しろ、とそういう意味だろう。
「かしこまりました」
アレクシスは数カ所地名を口にした。地名から、この度ピックアップされた上級貴族達の領地だとわかる。
「どの位長く降らせられる?」
「三日三晩ぐらいなら問題なく」
「いい答えだ」
アレクシスはふと笑って、王室庁の者に指示を出した。
「先ほど述べた地域に王女が雨を呼ぶ。領主には雨に備えろと伝えておけ」
私はごくりと喉を鳴らす。
これは絶対失敗できないやつね。
三日後、王が口にした領地の上空には真っ黒な雲が広がった。領主の屋敷を中心にバケツをひっくり返したような雨が降った。王の通告を半信半疑で捉えていた王都にいた貴族達は自領から届いた報告に酷く驚き動揺した様だった。経験のない雨量とそれに伴う被害予想に恐怖した領主達は直ぐ様王に謁見を願い出たそうだ。
その際は、私も謁見の間に呼び出された。アレクシスの指示で雨乞い師の衣装を着て入室したのだが、私の姿を見た貴族が恐ろしいものの様に私を見たのは些か不満である。貴族達は、王室庁と癒着が有ったことを公式の場で認めるわけにはいかないため、私への挨拶品という名の詫びの品を贈ってきた。実質的に謝罪された形になる。アレクシスには事前に「お前の思うようにして良い」との言葉があったので、私は彼らの謝罪を受け入れ雨雲を消した。
中には直ぐに止むはずだと甘い見通しを立てなかなか動かなかった侯爵もいたが、その領地が冠水してしまったのは私のせいではないはずだ。
▽
「雨乞い師様」
一連の出来事を終え、結婚式の招待状を用意していると赤毛の少年が明るい顔で扉を開けて私の前にやってきた。
「ジーク。名前で呼んでくれていいのに。というより、リジェでそう呼ばれるとなんだか恥ずかしいからやめて……」
ジークはきらきらした顔で私の姿絵をずいっと目の前に持ってくる。
「ヘリオス国の商人から買いました」
私の顔は計らずして渋くなる。
「シモン。あれを今すぐに暖炉に焚べてしまって」
「えっ。これ今凄く人気なんですよ。手に入れるのにどれだけ苦労したか。あぁ、シモン様が笑顔でこっちに。どうかお待ち下さい」
アレクのお陰で私の能力が広く伝わったのは王妃になる者として喜ばしいことなのだろうが、こうして変に持ち上げられると困ってしまう。
私は、シモンに姿絵を取り上げられて項垂れたジークに近づき顔を覗き込む。
「ごめんね」
でも、雨乞いの能力があるからと私を特別視するのはやめて欲しいと思う。誰もが皆たった一人の特別な存在なのだから。
私の言葉にジークは顔を赤くして後ろに下がっていった。
「ち、近いです。顔が……」
「そう? 気をつけるわ」
人との距離感って難しい。
「それにしても。本物が直ぐ側にいるのに姿絵なんて……」
シモンが呆れながら姿絵を見ていると、ノックの音がしアレクが姿を現した。彼の目線は直ぐにシモンが手にしている私の姿絵にいき、チッと舌打ちをする。
「お前はまた、その様なものを」
「いえ、今度はジークのものです」
青ざめたシモンが慌てて潔白をアピールする様に両手を振る。アレクについてきた側近のアルノーがシモンの手で揺れる姿絵をそっと取り上げ、眼鏡をくいっと持ち上げた。
「うーん。王妃となったら姿絵の販売を禁止するつもりでしたが、ここまで人気となってしまうとさっさとヘリオス国に圧力をかけた方が良さそうですね」
「全く不愉快だ」
アレクがイライラを露わにする度、ジークは青ざめていく。駄目だ。こんな怖い所嫌だと辞められては困る。
「アレク、でも私はリジェ国の方に認めてもらえた様で光栄だわ。少し恥ずかしい気持ちはあるけれど」
「お前の姿絵が他の者の手にあることが許せん」
「また、その様な子供みたいなことを……」
そう口にすると、アルノーは思わずといった様子で息を吹き出して笑った。
「アルノー……」
「すみません、陛下。ドロシー様とあまりに仲睦まじいので」
アレクは眉間の皺をさらに深くして、アルノーを睨んだ。それでもアルノーは平気そうににこにこしている。私よりもずっとアレクからの信頼が厚い彼が羨ましい。あんな風に軽口が叩ける関係になれる様に私もなりたい。
「私ももっとアレクの眉間の皺を増やせる様になります」
折角気合いを入れたのに、アレクにキョトンとされてしまったのは何故だろう。
後ろで「ドロシー様はちょっとズレてるんだよなぁ」とシモンがポツリと呟いたのが聞こえた。
「それで、こんな時間に後宮にくるなんて。何かありましたか?」
「ああ、結婚式の司祭だが、神殿の方から変更があってな」
「まぁ。では食事やお礼の品などを変えなければいけませんね」
こうして、式の準備は進んでいく。温かいこの場所で私の新しい暮らしが始まるのだった。
これでジークの番外編は終わりとなります。更新が遅くなりすみません。活動報告の方も更新させて頂きます。
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