苺の味
「よく考えれば、最初お会いした時『見つけましたよ』とレイナに仰ってましたね」
ジークの追求に、私は冷や汗を流す。
「もしかして……」
「そうなんです! 実は私王女殿下の侍女なのです」
ジークの目が見開かれる。やはりバレてしまっただろうか。
「それで、さっき王女殿下の専属護衛の話を!?」
ジークの顔は、ぼぼぼぼっと赤くなっていく。
「うわぁ。まさかレイナが王女様と面識があったなんて。俺さっき何て言ったかな。不快な思いはしませんでしたか?」
「いいえ。全く」
「そうか、だからレイナはいつも城にいたんだ」
ジークは赤面する顔を取り繕うように早口で喋っていたが、遂には両手で顔を隠してしまった。
「今すごく恥ずかしいです」
侍女でもこの反応だなんて。私が本人だと言ったらこの人どうなってしまうんだろう。
「そろそろ行きますよ」
私がジークの背中を励ますようにポンポンしていると、シモンがそろそろ宮に戻るように促した。
「はい。ジーク、また明日会いましょう」
ジークはシモンの手前、躊躇いながら頷いた。
「会うのなら僕も行きます」
シモンがこそっと私に耳打ちしてくるので、「物陰からこっそり見てて」っと小声で返す。
別れを告げ後宮に帰ると、シモンにはお小言を言われてしまった。
「大体の事情は察しましたけど……。1人で行動するなんて不用心すぎます」
「だけど、行くのは騎士塔よ? 騎士は守ってくれる方々でしょう?」
「それでも心配なんですっ! いいですか? 僕は必ずドロシー様の味方になります。だから、何か思いついた時は絶対に僕に相談してください。行動する時じゃ無いですよ? 思いついた時ですよ?」
「ごめんなさい、わかったわ」
リジェではヘリオスにいた時に比べて私は格段に自由に行動が許されている。けれど、黙って出かけるのはやっぱり良くなかったかもしれない。こんなに私の身の安全を考えてくれる人がいるというのは実にありがたいことである。
「ありがとう、シモン。ついでに抜け出していた事は、アレクには黙っていてくれると嬉しいな」
「ドロシー様が人目を忍んで男性と会っていたなんて知ったら、怒り狂ってアルタイル騎士団そのものが無くなりそうです。黙っていましょう」
シモンはぶるりと体を震わせた。
その夜、私は王族のサロンで職務を終えたアレクと会う。まだ結婚していない為、夜に互いの部屋に行くことはしない。サロンの中は2人きりだが、扉のすぐ外には侍女と王の側近であるアルノーが控えている。
今日も疲れた顔をしたアレクが、先にソファに座っていた私の元へとやってきた。アレクは隣に座って、こてんと私にもたれかかった。
「今日もお疲れ様です」
アレクは私の髪に顔を埋める。
「ああ」
そのまま、私の感触を確かめるかのように頰に、首筋にと唇を落とした。
「ふふ、くすぐったいです」
アレクはたまにこうやって甘えてくる。猛獣を手懐けたみたいで、ちょっぴり嬉しい。
「何も困ったことは無かったか?」
「大丈夫ですよ、騎士の選定に迷っているくらいです」
「その件はシモンから報告を受けた」
アレクシスは眉間の皺を深くする。
「少し調べさせたが、騎士の選出で王室庁の何者かが甘い汁を吸っているようだ。私の妃を巻き込んだ責任は取ってもらう」
あの赤丸でピックアップされた騎士達のことだろう。道理で面談を希望してもピックアップされた騎士にしか会うことが出来なかったはずだ。
「全く。コルネリウスの奴。戦いにしか興味が無い奔放な奴だとは思っていたが、ここまで放置するとは」
「コルネリウス?」
「アルタイル騎士団の団長だ。書類が得意な奴を副団長にしたと聞いていたが……」
私のせいでまた仕事のことを思い出させてしまった。私といる時くらいはリラックスして欲しいのに。私は机に用意されていたフルーツの中から苺をひょいと取る。
「アレク」
私の声に反応してこちらを向いた彼の口に苺を押し当てた。
「私といる時は、私のことを考えて下さい」
アレクシスは一瞬固まった後、苺をパクリと口に入れ、妖しい笑みを浮かべた。
「どこまで天然なんだか……」
アレクシスの顔が、甘い香りと共に私の顔に近づく。彼のキスは甘酸っぱい苺の味がした。
翌朝、いつもの時間に私は宮を出る。いつもと違うのは、シモンがこっそり後ろからついて来ていることだ。身分を隠していたい私は出来る限り出てこないように彼にお願いをした。
騎士塔に近づくと、今日は何故か複数人の影が見えた。私は不思議に思いながらも目でジークを探す。すると、彼は顔に痣を作り先輩であろう騎士達に囲まれていた。以前見かけた赤髪の騎士に両手を抑えられ、軽い拘束を受けている。
「うわっ。すげぇ美人」
「お前、本当に上手くやったな」
騎士はジークを抜いて3人だ。いずれも、ジークと会った初日にいた人物で早くも騎士候補から外した者達である。面談もした事がない為、おそらくは伯爵令息あたりだと思われる。
私はこの状況に眉を顰めて不快感を示した。
「これは一体どういうことです?」
「いやね、私が非番で寄宿舎にいたらね、こそこそと訓練場からこいつが出てくのが見えたもんでね。後輩が勤務時間中に逢引しているのを注意しにきたんですよ」
「逢引ではありません。それに会っていたのは彼の休憩中です。貴方方に何か言われる筋合いはありません」
「どっちにしろ、女にうつつを抜かしているなんて。騎士として仕事も与えられない未熟者の癖に」
「それは……、班長の命令だからっ!」
ジークフリートが反論するが、騎士達は嘲笑する。
「お前が、使えないからだろう」
ジークが一方的にやられているのは、彼らが先輩騎士であり、騎士同士の私闘を禁じられているからだ。ジークは不利益を被っても規律も守る人なのだ。
「まぁ、こんな出来損ないに貴女は勿体ない。どうです、これから私達と一緒に」
「一考にも値しません」
私がスパッと誘いを断ると、彼らは苛つきを露わにした。「良いのですか? こいつが、この後どうなると思います?」
「アルタイル騎士団の皆様ですもの。騎士道に背く事はないと信じておりますわ」
「生意気な」
よっぽどプライドが高いのだろう、鼻に黒子のある騎士が私に手を伸ばす。
「いけません。私のことなど構わず逃げて下さい」
ジークフリートが叫び、無我夢中で押さえつけていた男を跳ね除ける。しかし、ジークが来るよりも先に私の専属騎士が鼻に黒子のついた騎士の手を払い私の前に立った。
「この人に無礼を働く事は僕が許しません」




