第1話 ラヴェリナ・ローデンベルク ー7歳の目覚めー
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本作は完結まで執筆済みです。
途中で更新が止まることはありませんので、ご安心してお楽しみください。
私の名前は、ラヴェリナ・ローデンベルク。
この国で大きな権力を持つ公爵、ギルベルト・ローデンベルクとエレノア・ローデンベルクの長女として生まれた。
母は、私が三歳のときに流行り病で亡くなった。
幼かった私は、母のことはよく覚えていないが、私の知る母は、いつも肖像画の中で優しく微笑んでいた。
母を愛していた父は、母を失くして以降、これまで以上に仕事に没頭するようになった。しかし、どんなに忙しくても、夕食の席にだけは必ず顔を出し、口数は少ないけれど、私の話を最後まで黙って聞いてくれた。
母がいなくても、父と会える時間が減っても、私には、八歳年上のレオンハルトお兄様がいつも一緒にいてくれたので、寂しくはなかった。
◇ ◇ ◇
私に変化が訪れたのは、七歳の誕生日から半月ほど経った、春の朝のこと。
目を開けた瞬間、頭の奥で何かがぱちんと弾け、洪水のように記憶がどんどんと流れ込んでくる。
満員電車の窓に映る、眠そうな顔。コンビニの袋の中で角が折れてしまった新刊。深夜二時、布団の中で最終巻を読み終えて、天井を見上げたまま動けなくなり、意識が深く沈んでいくあの余韻。
知らないはずの景色と感情が、次から次へと溢れ出す。
「……うそ」
急いで、天蓋付きのベッドの側にある鏡で自分を見た。そこには、整った顔立ちをしているが、まだ頬に幼さが残る七歳の女の子の姿が映っている。
しかし、その姿とは対照に、頭の中は、もう一人の私の記憶で占められていた。
前世の私は、とにかくライトノベルが大好きだった。
異世界転生も、悪役令嬢も、聖女も、剣と魔法の冒険も。面白そうだと思えばジャンルを問わず読み漁り、休日は一日中ページをめくることも珍しくなかった。
しまいには、読むだけでは飽き足らず、自分で小説を書いてみたこともある。また、好きな作品のグッズがなければ自作もした。
欲しいものが売っていないなら、自分で作ればいい。それが前世の私だった。
私はゆっくりと顔を上げ、自分の部屋を見回した。
天井には、魔石を使った照明がやわらかく光り、窓の外では庭師のおじいさんが、風魔法を使い、落ち葉を一か所に集めている。
瞼を閉じれば、昨夜、侍女のアンナが指先にぽっと小さな炎をともし、廊下の燭台に火を移していた光景が浮かんでくる。
それから家庭教師の先生が言っていた、「この国には、今も妖精や精霊が棲んでいるのですよ」という言葉を思い出す。あのときは「ふうん」としか思わなかった。
でも、今の私は違う。
「……異世界だ」声が震える。
「異世界転生、してる……!」
魔法がある。妖精がいる。精霊もいる。貴族制度があって、しかも私は公爵令嬢。全部入ってる。
前世で何百冊と読んで、何百回と憧れきた。その全てが存在している「全部入り」だ。
「すごい……すごい、すごい、すごい!」
気づけば私はベッドの上で跳ねていた。ふかふかのマットレスが面白いくらいにスプリングする。
もし目の前に「異世界転生おめでとうございます」という看板が立っていたら、全力で抱きついて頬ずりしたいと思うほど興奮していた。
「お嬢様? 何かございましたか?」
扉の向こうからアンナの声がして、私は固まった。
「な、なんでもないです! ベッドの……弾力を確かめていました!」
「……さようでございますか。お着替えの準備をしてまいります」
明らかに不信感たっぷりの声だったが、足音は遠ざかっていった。
危なかった。
私はそっとベッドに座り直し、ひとつ深呼吸をした。興奮で火照った頬に、窓から入ってくる春の風はひんやりとして気持ちいい。
そして、ふと思った。
「……待って」
異世界。魔法。公爵令嬢。
前世の私が読んできた物語の展開を思い浮かべる。
魔王が復活するかもしれない。魔物に国が滅ぼされるかもしれない。貴族同士の権力争いに巻き込まれるかもしれない。婚約を破棄されるかもしれない。身に覚えのない罪で断罪されるかもしれない。
下手をすれば、ここは前世の私が知っている物語の世界で、私は数年後に破滅する役回り――なんてことだってありえる。喜ぶのはまだ早い。
せっかく大好きな異世界に生まれ変わったのだ。できるなら楽しく長く生きたい。魔法も使ってみたいし、妖精や精霊にも会ってみたい。知らない場所へ行き、知らないものを見て回りたい。
そのためにも、まず、
「この世界のことを、知らなきゃ」
七歳の私にできることは多くないが、本を読むことくらいはできる。
危険に備えるため――というのもある。でも、それ以上に、この世界を知りたくてたまらない。
魔法はどうやったら使えるのか。妖精や精霊はどんな姿をしているのか。考えただけで、胸がわくわくする。
私は寝間着のまま部屋を飛び出した。
「お、お嬢様!? お着替えがまだ――」
「書庫に行ってきます!」
「朝食の前にですか!?」
背中でアンナの悲鳴を聞きながら、長い廊下を走って行く。
ローデンベルク公爵家の書庫は、東棟の奥にあり、天井まで届く書棚と、古い紙とインクの匂いで溢れている。これまでの私には「難しい本ばかりの部屋」でしかなかったその場所が、今は宝の山に見えた。
重い扉を押し開けると、書庫番のおじいさんが眼鏡の奥で目を丸くしてこちらをみた。
「これはお嬢様。こんな朝早くに、どうなさいました」
「本を読みに来ました!」私は胸を張って答える。
「この国の歴史と、貴族のしくみと、魔法と、魔物と、精霊と、妖精の本を、全部ください!」
書庫番のおじいさんは、しばらく黙って私を見つめていた。
それから、ずり落ちかけた眼鏡を指で押し上げて、微笑んだ。
「全部、でございますか」
「全部です!」
その日からしばらくは、ローデンベルク公爵家の書庫が私の居場所となった。




