第一幕(7)
彼に質問をした時は簡潔に即答をしていた。
だが、アルクの問いかけに初めて考え込む間が生まれた。
それは道具というより、人間の感情のような揺らぎを滲ませていた。
今までそんな姿を見せたことがない彼に、イルクは驚き、目を丸くした。
風の音だけが続いた。
いっこうに答えがなく、アルクの手は小刻みに震えた。
アルクは少しだけ間を置き、彼の表情を覗き込むように見つめた。
「友達になれないの?」
アルクの細い声が、風の音にかき消された。
「…分からない」
彼は重く、短く言った。
「人間と友達の関係になった個体は確認されていない」
アルクは言葉を失い、視線を落とした。
瞳には涙が滲み始めた。
イルクはそっと、支えるように肩を抱いた。
「しかし…」
彼はアルクと同じ目線にたった。
その瞳は点滅をやめて、真っ直ぐアルクの目を見つめた。
「映画の中には、人間とロボットとの友情を育むものもある」
「…完全に不可能と言うことではない」
アルクの肩を抱いたまま、イルクは要領を得ない言葉に眉をひそめた。
「えっと…、どういう事?つまり、友達になれる…。って言いたいの」
彼は何事もなかったかのように立ち上がり、再び荷車を引き始めた
「ーなれるかもしれないな」
その声は淡々とした言い方に戻っていた。
ーなれるって言いなさいよ。
イルクは眉間に皺を寄せたが、隣にいるアルクは少しだけ笑みを浮かべていた。
イルクは一瞬だけ唇を噛みしめ、押し殺すような声で言った。
「お願いがあるの」
「どうした」
彼は振り返らず、その声はいつもと変わらなかった。
イルクは両手を握りしめた。
「アルク…、妹の前では…、人を傷つけないでほしい。血は見せたくないの」
彼は少しの間、沈黙した。
何も言わずに、荷車を引き続けた。
「この娘には…。もう見せたくないの」
隣のアルクの頭をなでながら唇を強く噛み締めた。
アルクには争いのない、綺麗な世界だけを見せてあげたい。
視線を彼の背中へ向け直し、その思いを伝えるべく、口を開いたその時、
「了解した」
それだけ言って、彼は荷車を引き続けた。
イルクはその背中を静かに見つめた。
問いただしてこない彼に、小さく息を吐いた。
静かに、轍だけが続いていく。
ー
太陽が沈む頃、村全体を見渡せる丘の上にイルクたちはいた。
イルクとアルクは倒壊した家々を見渡した瞬間、脳裏にあの日の記憶が蘇り、背筋が凍りついた。
助けを求める悲鳴。
無惨に殺された親しい人。
踏みにじられた日常。
なぜそこまで酷いことをするのか。
イルクとアルクは野盗達に問いただしたかった。
今すぐにも駆け出しそうになった時、行く手を阻むように手を差し出した。
ーなぜ?
彼を鋭く睨つけた。
「敵性と思われる反応が複数あり。これより偵察に行く」
その一言で、一気にイルクは現実に引き戻された。
彼がいなければ、野盗が潜んでいた事に気付かず飛び込んでいた。
その場合は最悪の出来事が待ち受けていたに違いない。
ー彼が止めていなかったら。
イルクの全身は小刻みに震えだした。
彼は姉妹を置いて、静かに歩み出す。
「ここで待て」
いつもの冷たい声だったが、イルクには心強く感じた。
アルクはその背中を心配そうに見つめていた。
「かえってくる?」
彼は振り向かず、一言も発さなかったが、小さく頷いた。
次の瞬間、景色に溶けるように掻き消えた。
ー
村の中の広場で、六人の野盗は焚き火を囲い、暇そうに酒を酌み交わしていた。
「兄貴、いつまでここにいりゃいいんだ」
若い男が、なみなみと注がれた杯の酒を飲みほし、ぼやいた。
兄貴と呼ばれた男は、面倒くさそうに息をついた。
「頭の命令があるまでだ。俺に文句をたれるな」
兄貴は片足を小刻みに震わせ、怒気を強めていた。
待機を命ぜられていたが、その理由は聞かされていなかった。
襲撃を掛けてはや数日、終わりが見えない日々にむしゃくしゃしていた。
ー頭の命令がなければ今頃、アジトで楽しくやれたってのによ。
兄貴は苛立ちをぶつけるかのように、酒を飲み込む。
若い野盗も痰を吐き、用を足そうと、その場から離れた。
兄貴たちからは見えないところまで離れ、倒壊した家の壁を濡らし始めた。
若い野盗は夜空を仰ぎ、面白くなさそうにため息を吐いた。
パキ。
枯れた木が折れる音が背後から聞こえた。
ー驚かそうとしているんだな。
仲間が若い野盗を驚かそうとして失敗した。
そう思い、用を終えてから後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。
「今度は隠れたか…」
おちょくられていると思い、うんざりしたように首を振った。
大きく舌打ちし、周りを見渡したが、人の気配はなかった。
若い野盗が一歩、足を進める。
急に、首に途轍もない力で絞め上げられ、呼吸はおろか、助けを呼ぶことも出来なかった。
必死になり、首に巻き付いたなにかを引き離そうとした。
だが、いくら力を込めてもびくともしない。
若い野盗の視界はぼやけ始め、口の端から泡が吹き始めた。
酸素が脳に回らず限界だと言わんばかりに、野盗は爪をたてガリガリと引っ掻き始めた。
爪が剥がれ、血を滲ませていた。
やがて、力なく手足をだらんとさせ、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「1人」
姿は現さず、無機質な声だけが闇に溶け落ちた。




