第一幕(8)
兄貴は何度も地面を踏みつけていた。
ー舐めやがって。
日が沈み、空が暗くなった。
若い野盗が戻って来ない事に、兄貴の苛立ちは最高潮に達していた。
「奴をさっさと連れ戻してこい!」
兄貴は他の部下に対して、八つ当たり気味に声を上げた。
一人が肩をすくめながら立ち上がり、若い野盗が向かった道を辿った。
周囲を探っていると、濡れている壁を見つけた。
痕跡を見つけ、まだ近くにいると判断し、壁の奥をのぞき込む。
力なく背を向けて、若い野盗が立っていた。
「なにしてる、早く戻ってこい」
呼びかけても、振り向くことなく立ち尽くしている。
無視されたと思い、苛つきながら急ぎ足で近づき、肩を思いっきり殴りつけた。
若い野盗は殴られても振り向かなかった。
それどころか殴った感触がなく、自分の拳を見つめた。
改めて若い野盗を見ると、足は地面から少しだけ宙に浮き、
体は左右に揺れ動いていた。
何が起きたのか理解できず、まじまじと見つめていると、若い野盗がゆっくり振り向いた。 その口や鼻、目からは体液が糸を引くように垂れ流していた。
変わり果てた姿に、思わず後退すると口を押さえられる冷えた感触を感じた。
そして、痛みもなく、急激な力が横に加えられた。
ぶれた視界が最後に見た景色だった。
「2人」
静かに事切れた男を見下ろし、その声だけが闇に響いた。
ーおかしい。
迎えに行かせた部下は命令に背く男ではない。
連れ戻すにしては遅すぎると違和感を抱いていた。
今度は総出でー、口に出そうとした時、
パチ、パチ。
焚き火に焚べていた木が弾けた。
「お、お、おお…!」
焚き火を囲っていた部下の一人が、声にならない叫び声を漏らし、連れ去られた。
兄貴達は声のほうを急いで向くと、その部下は引きずられ、暗闇に消えていった。
引きずられた跡を見つめ、兄貴の背中は一気に濡れ始めた。
「3人」
人間とは思えない無機質な声が、三人の頭の奥に落ちた。
三人は暗闇の一点から目を離せずにいた。
風の音すら入らなかった。
ぐしゃ。
闇の奥からなにかを潰す音がこだました。
時が止まったかのように、静寂が辺りを支配した。
重い空気に押しつぶされ、三人は唾を飲み込むことしかできずにいた。
焚き火の明かりが、不意に遮られた。
三人の全身から大量の汗が吹き出した。
男達の顔はみるみるうちに青ざめていく。
ゆっくりと首だけを後ろへ向けた。
そこには人ならざる者が赤い目を光らせ、見下ろしていた。
口だけが魚のように開閉し、誰一人声にならなかった。
さ、さ、さ。
人ならざる者が一歩、また一歩と静かに歩み寄る。
兄貴の隣にいた部下の前に立つ。
部下はあまりの恐怖に武器を構えることもできず、奥歯を鳴らし始めた。
人ならざる者はゆっくりと右腕を伸ばし、部下の首を掴んだ。
その手には一切の温もりを感じさせなかった。
「ぐぇ」
人ならざる者が部下を軽々と持ち上げ、喉を絞られた部下が、かすれた呻き声を漏らした
二人の男はただ黙って、その光景を見つめることしか出来なかった。
人ならざる者が無造作に腕を振った瞬間、突風が吹き荒れた。
突風は二人の男を襲い、遅れて舞い上がった土煙が容赦なく全身を叩いた。
土煙は口や鼻から入り込み、、息をすることすらままならなかった。
やがて土煙が晴れる。そこには、部下が頭から地面に突き刺さっていた。
「4」
人ならざる者が数字を数えると同時に、最後の部下が脱兎のごとく、走り出した。
「…ま!」
兄貴は一人だけ逃げることは許さないと、最後の部下を捕まえようとした時、体の横をなにかがすり抜けた感覚があった。
人ならざる者が、逃げる部下を一瞬で追い抜くと同時に、振り返る。
振り返りながら、人ならざる者は右拳を振り抜いた。
その拳は逃げる部下の顔面を真正面から捉えた。
ぱん。
乾いた音だけが響いた。
地面に膝をついた部下は首から上がなくなっていた。
「5」
その光景を見た、兄貴は力なく座り込む。
足にはもう力は入らなかった。
さ、さ、さ。
人ならざる者が兄貴の方に視線を向けると、一歩、また一歩と歩み寄ってきた。
兄貴は地面を這いつくばりながら、離れようともがいた。
が、黒い影が月の光を遮った。
人ならざる者が兄貴の襟首を掴み上げた。
軽々と腕をふり、家の外壁に思いっきり叩きつけた。
「あが!」
背中から叩きつけられ、呻き声を漏らした。
今まで感じたことのない痛みひもがき苦しんでいた。
人ならざる者は赤い双眸で静かに捉えていた。
腕部の収納から、小さな白いスティックを取り出した。
側面には赤い文字が刻まれている。
――MOVIE。
スティックを喉元に差し込む。
「映画の主人公の人格をインストール」
無機質が声だけが鳴り響く。
赤い双眸が一度だけ明滅した。
人ならざる者は遊びに出るかの様にスキップした。
兄貴に近づき、右の人差し指を優しく握った。
「まずは、楽しもうじゃないか」
耳元で囁きかける。
先程の無機質な態度から一変し、人の様な振る舞いに、兄貴の頭はぐちゃぐちゃになった。
「1本」
人ならざる者がそう言うと、人差し指は大きく仰け反った。
「ぎゃ!」
兄貴は悲鳴を上げると、人ならざる者はその様子をじっくりと観察し、ケタケタと笑い声を上げた。
「あと9本もある。一緒に楽しもう」
人ならざる者は苦痛に顔を歪める兄貴を覗き込み、遊びに誘う様な口調で語りかけた。




