第一幕(6)
「あと、どれくらいで着きそう?」
研究所を出発して数時間後、太陽が頭上に差し掛かった時、イルクは尋ねた。
「この速度だと、約4時間後に到着する」
「4時間…?つまりそれはどいう意味?」
またロボットから聞き慣れない単語が出てきてイルクは首を傾げ、言葉の意味を考えた。
おそらく彼が言ったのは時間の概念だ。
それがどれくらい先のことなのか、分からずにいた。
「日が沈む前には着くだろう」
ロボットはイルクに分かりやすいように、説明しなおした。
それを聞いてイルクは驚きを隠せなかった。
研究所と村の距離は、大人が休み休み歩いて約半日かかる。 それに対してイルクは、アルクを乗せた荷車を引きながら、ほとんど休まず走り続け、丸一日かけてようやくたどり着いた。
だが、彼は疲れた素振りを一つも見せず、休息すら取らずに歩き続けていた。
「貴方は本当に人間?」
「人間ではない。俺は600年前にボルテクス社で開発、販売されたー」
ーまた始まった。
その話は初めて会った時に聞かされ、頭が混乱した事があった。
「聞きたいことはそういうことじゃないの。つまり…ロボットってなに?」
イルクはまた説明が長くなると思い、苛立つ気持ちを抑え、説明を無理矢理遮った。
「人間の代わりに自動で作業や労働を行う存在だ」
ロボットは短く淡々といつもの無機質な声で言った。
「人間の…代わり、自動…?」
イルクは反芻した。
ーそんなのはありえない。
クワや斧が自動で動くなんで事があるのか、道具は使用者がいて、初めて機能する。
その概念が揺らいでいた。
ロボットはそんなイルクにお構いなしに続けて説明した。
「家事等を人間の代わりに行う、言わば自動で動く道具だ」
「自動で動く道具?」
イルクはロボットの言葉を聞き、黙り込んでしまった。
その意味がわかるようで、掴みきれず首を傾げ、
「でも道具ならおかしいわ。道具は喋らないもの」
イルクが感じた矛盾をロボットに問いかける。
クワや斧、今使っているこの荷車も作業を進める道具である。だが、道具が生きているように喋るなんて聞いたことも見たこともない。
村から一番近い大きな町、《ローランド》ですら、そんな道具を取り扱っているという話は聞いたことがない。
だが、その反面道具と聞いて納得している自分がいた。
彼は休まず、息も切らさず歩き続けている。
これは人間に出来ることではない。
彼が道具というなら、使用者は疲れるが道具は使われるだけで疲れることはない。
イルクの頭の中でぐるぐると疑問が駆け巡る。
「俺は人間と会話ができる機能が備わっている」
「どうして喋る"機能"?がついたの?」
「ボルテクス社が他社製品との差別化を図るためだ」
「……?」
イルクはその違いが分からず、ただロボットの顔を見つめることしか出来なかった。
風が木々を揺らす音と車輪の音だけが残った。
アルクはイルクとロボットの二人を見比べていた。
アルクはここまでの会話はさっぱりと分からず、口をぽかんと開けていた。
姉と彼は一体何を話しているんだろうと思っていた。
「独りで生活している人間が家に帰れば、《お帰りなさい》と言ってくれる存在だ」
ロボットはいつも簡単にしか説明してくれない。
無機質で淡々とした声質で説明してくれるが、どういう事かとイルクにとって、家族と共に生活するのが、普通だと思っていたからだ。
例え、一人で生活している人が村の中にいたとしても、会話をして関わりを持ち、血はつながっていなくとも家族のように生活を共にしていたイルクは、ロボットが生きていた時代の価値観についていけず、困惑した表情を浮かべた。
「貴方の…、ご主人も独りだったの?」
ロボットは頭を立てに振った。
「ご主人は一緒に映画を見れる友の存在が欲しくて、俺を買った」
ーまた分からない言葉が出てきた
新しい単語が出てきて、イルクは考え込むまま、黙りこくってしまった。
「映画ってなに?」
「映画とは…。簡単に言えば動く絵本だ」
絵本と聞いて、アルクは興味津々とばかりに身を乗り出した。
「絵本が動くの!?」
「そうだ。動く絵本だ」
アルクは凄い凄いと喜ぶ反面、イルクは不思議そうに首を傾げた。
「なぜ一緒に見たかったの?」
イルクにはなぜ、彼のご主人は道具と一緒に映画を見たかったのか分からなかった。
「ご主人曰く、語らえるような友が欲しかった。が、ご主人にはいなかったそうだ」
ロボットは変わらぬ歩調でそう言った。
ー道具と友達のような関係になる?
そのご主人はかなり変わった人だとイルクは思い、訝しげる。
反面、アルクは友という言葉を聞いて更に前のめりになった。
「友達になれる?」
ロボットは道具と言ったが、アルクには関係なかった。
アルクは興奮を抑えながらロボットに尋ねた。
ロボットはアルクの言葉を聞き、初めて歩をとめた。
「…友達?」
今度はロボットがアルクに聞き返した。
「うん!友達!」
アルクは大きく頷きながら、ロボットに喜びをぶつけるかのように言った。
ロボットは赤い目が見たことのない速さで点滅を繰り返した。
純粋な瞳を輝かせ、ロボットの顔を見つめるアルク。
対して時折、顎に手を当て考え込むロボット。
そして、ロボットはアルクの顔を見つめる。
赤い目の点滅は終わることなく、続けていた。
「ご主人にも言われたことはない…」




