第一幕(4)
イルクの質問に対して、ロボットは結果だけを告げるように短く答えた。
イルクは不満げに大きくため息をついた。
食事中も一言も喋っていないアルクの方に視線を向けると、
アルクは脂汗を浮かべ、お腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。
「アルク……、ど、どうしたの!」
「お姉ちゃん……お腹が痛い」
絞り出しながらアルクは答えた。
先ほどまで普通に食事をしていたアルクが、突然苦しみ始めた。
その姿を見たイルクは、一気に血の気が引き、顔は青ざめた。
ーまさか…料理に毒を!?
イルクの心臓がどくん、どくんと激しく脈打ち、背筋がぞわりと粟立つ。
ー私達を殺そうとしている。
そうに違いないと決めつけ、ロボットへすぐさま視線を向けると、ロボットの姿は無かった。
どこへ行ったかと頭を振り、周囲を確認しようとした時、
「診断完了。胃痛」
あの無機質な声がイルクのすぐそばから聞こえた。
「原因は過度のストレスと急激な環境変化、極度の緊張と疲労。3日ぶりの食事による胃への負荷」
またしても、早口で呪文のように言い終えると、青い瞳から赤い瞳へふっと変わり、姉妹の方に顔を向けた。
「生命を脅かすものではない。安心しろ」
「ほ、ほんとうに、だ、大丈夫なの?」
すがるように尋ねると、ロボットはアルクを優しく抱えた。
抱き上げられたアルクの青ざめた表情を見つめていると、
「嘘をつく機能は備えていない。医務室へ移動する」
はっきりと断言する彼の言葉に嘘は感じ取れず、
イルクは胸を撫で下ろし、ようやく詰まっていた息を吐いた。
ー良かった。
後を追おうと立ち上がろうとしたその時、張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れたせいか、腰が抜け、足に力が入らなかった。
イルクはマントの裾を固く握りしめながら、無理矢理立ち上がった。
「私も行く」
弱々しく震える声だったが、強い意志を込められていた。
「もちろんだ」
ロボットは短く答え、医務室へゆっくりと、イルクの歩幅に合わせて移動した。
移動している最中、アルクは痛むお腹を抑えながら、ロボットの顔を薄目で見ていた。
「そうか」
ロボットはアルクに視線を向けずに言った。
「ストレスの一つは、このフェイスパーツか」
フェイスパーツが何かは分からなかった。しかし、自分の気持ちを見抜かれたことだけは分かった。
アルクは驚くと共に、一気に体を強張らせ、目にみるみるうちに涙を滲ませた。
だが、ロボットはアルクが想像していることはせず、歩みを止めずに説明した。
「このフェイスパーツはご主人が俺の為に作成してくれたパーツ。変えることは出来ない」
ロボットは自分の頬をほんの僅かに触りながら、アルクに分かりやすく説明した。
「たいせつ?」
アルクはロボットに弱々しく、涙滲ませたまま首を傾げた。
「そうだ。君が姉を大切に思うように、俺もこのフェイスパーツは大切なパーツだ」
「悪魔の顔なのにたいせつなの?」
「悪魔ではない鬼だ。詳しく言うなら前鬼をモチーフとしたフェイスパーツだ」
「…こわいからはずして」
「拒否する。フェイスパーツを外すことは防御力の低下に繋がる恐れがある。それは命令を遂行する事が難しくなる」
命令という言葉を聞いたイルクは口を開いた。
「貴方が受けた命令は、いったい…なんなの」
ご主人からの命令とロボットはよく言っていたが、その命令がどういう内容なのか分からずにいた。
「命令はただ一つ」
「未来の子供達、引いては弱者達を如何なる手段をもってしても守る事。この命令の守護対象には君達が含まれている」
ー未来ってなに?
イルクは不思議そうに首を傾げ、どういう事か聞こうとした時、ロボットはドアの前で歩みを止めた。
目指していた医務室に入り、ベッドの上にアルクを優しく降ろした。
「イルク、アルクの手を握るんだ」
初めてロボットから名を呼ばれたイルクはビクッと体を震わせ、ロボットの顔を見る。
「手を握ることでストレスが幾分か緩和される」
ロボットの指示に従い、アルクのそばに寄り、優しく手を握ると、氷のように手が冷え切っていた。
イルクは大粒の涙を流し始めた。
「ごめんね、ごめんね…。お姉ちゃんなにもできなかった」
ここに来るまで命を落としそうになったこと。
尊厳を破壊されそうになったこと。
食べ物も与えることができなかったこと。
全てできなかった。
イルクは何度も何度もアルクに謝った。
「出来ている」
イルクの謝罪の言葉をロボットが遮った。
泣き腫らした顔でロボットの方を向いた。
「アルクをここまで連れてきた。それだけで目的は達成されている」
「でも!、でもお父さんやお母さんが…!」
イルクはロボットに悲痛で泣き叫ぶような声を出した。
ロボットの言葉を聞いてもイルクは聞く耳を持たずか「でも」、と自信を否定し続けてる。
ロボットはおもむろに右腕から小さなスティックを取り出した。
「イルクの精神負荷が危険域に達していることを確認。緩和処置を実施」
ロボットは顎にスティックを差し込んだ。
すると、ロボットから聞いたことのない女性の歌声が静かに流れた始めた。
「…これは?」
イルクの嗚咽はいつの間にか止んでいた。
今まで聞いたことのない楽器の音色と、優しく澄んだ歌声が調和し、部屋一面に広がっていた。
「20世紀初頭を代表する女性ジャズシンガーの曲。ストレス緩和効果が確認され、治療にも使用された記録がある」




