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人生  作者: yoshi88
:22歳 第四章 葛藤を謳え、因果をねじ伏せる欺かざる魂は世界線を越える
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21.洗礼(その2)

 清水さんの後ろの席が前任者の席、つまり、今の僕の席だ。清水さんの前に間仕切りを挟んで所長の席がある。僕達からは見えないようになっている。


「フォー・・・」


 ・・・エアコンから静かに流れる暖房器具の風切音(かざきりおん)以外、ラジオの音も、音楽も何一つ聞こえてこない...。


 時々所長が咳き込んだような咳払いが聞こえるくらいだ。


 ただ面接の時見たモンステラが、今日も"こんにちは、こんにちは"と、緩いエアコンの風に揺らいでいる。


 ・・・かれこれ1時間も経つというのに、


「・・・あれをしてくれ。とか、・・・これをしておけ」


 みたいな僕への指示が全くない...。


 仕方がないので、清水さんに何をすれば良いかと聞くと、


「とりあえず、ヨシ君はこの原紙を(あお)焼きで焼いて、トレペーの上から(なぞ)って練習してみてよ」


 僕は恐る恐る所長の書いた過去の図面を図面棚から出してきて、"ジアゾ複写機"、通称"青焼き機"に原図と感光紙を密着させ印刷した。


  原図に書かれた文字と線は密着させた感光紙に青色に複製されるのでそう呼ばれている。


 大きなA2の図面を手軽に印刷する方法で、当時建設業界では一般的な手法ではあった。この方法も通常のPPC用紙(白焼き)の大型図面への対応と、その後の手書きからCADへの転換に伴い、2016年3月に全国の複写業界から姿を消すことになる。


 ・・・ツーンと鼻につく独特の感光紙の匂いを嗅ぎながら、間違っても原図を痛めないように最新の注意を払って、僕は数枚の原図を青焼きする。


 それに新しい和紙製のトレーシングペーパーを上から重ねてドラフターの上に貼り付けた。


 所長の文字の形は独特で、丸文字でもなく、どちらかのいうと角ばっている。角ばっているというか、一文字一文字が真四角に近い。


 数字も同じデザインで統一されており、少し離れてみても読み間違いを起こさない為の工夫のように思われた。


 僕の初日の午前中は、"文字の練習"で終わった...。


 昼の12時も少し前くらいに清水さんが、


「昼ご飯食べに行こう」


 と爽やかな笑顔で振り向いた。


「ヨシ君、もしかして弁当派?」


 集中して文字を練習していて、答えるタイミングを逃していた僕は慌てて、


「いえ、弁当は持ってきてません」


「じゃ、行こう。所長、昼飯(ひるめしに出かけてきます!」


 ドラフター越しの顔が見えない所長に対して、清水さんがそう告げると、

 所長の席の方から何かを動かす手を止める所作の音を感じたが、


「分かった。とも、・・・おお」


 とも何の返答もなく、またドラフターを動かす音だけが微かに聞こえてくる...。


 僕も清水さんに続けてドラフター越しに、


「所長、先にお昼にします!」


 と言って、清水さんの後にそそくさと着いて行った。


 扉を閉めて僕と清水さんはエレベーターに乗り込んだ。


 ・・・ガクン!何時もの感覚にやっと生き返ったような心持ちになって、


「ふぅ・・・・」


 と大きな息を吐いた。それを見ながら急に笑い出した清水さんは、


「どうだった、緊張した?」


 とにやにやしながら僕に問いかけてくる。


 少し、むすっとしたような顔つきになって僕は、


「所長と全くコミュニケーションがとれる自信がありません。どうすれば良いですか?」


 と率直に訊ねた。いや、その方法を教えて欲しいと懇願した。


 エレベーターを降りてからもひぃひぃ笑っている清水さんが涙目になりながら、


「慣れ。慣れるしかないよ」


 まだ腹を抱えて笑っている...。


 僕は釈然としないものの、会社員という定職を捨て人生を懸けてこの道を選択したのだ。背水の陣というか、もう(あと)がない。技量不足で首になる事はあっても、まさかこの僕が人とのコミュニケーションにおいて悩む時が来ようとは想像もしていなかった。


「まぁ、頑張って。因みに前任者も所長とのコミュニケーションに悩んで辞めたけど、彼女は1ヶ月しか持たなかったから・・・・ひっひっひっよひ君も、ひっひっひっ頑張ってねひっひっひっ」


「・・・」


「弁当は辞めた方がいいよ、ひっひっひっ。息がつまるからひっひっひっ」


「・・・。」


 ずっと、笑っている清水さんは僕の悩みなんか全く気にしていない素振りで、結局お目当ての”オムそば屋”の前までずっと笑っていた...。


 ――清水さんに紹介されたお好み焼き屋さんは、ランチには名物「オムそば定食」を提供している。


 お好み焼きの要素は全くないが、独特の中華そばのちぢれ麺に濃い濃厚ソースと、お好み焼きのエビや魚介類を具材に入れ、それをふわふわの卵が表面を優しく包んでいる。つまり、焼きそばをオムライスの卵で包んでいるから、オムそばである。それに味噌汁と漬物、白ご飯が付いている。


「・・・オムそば2つ、へいお待ち!」


 店のカウンターに座った僕達の前になんとも食欲の(そそ)る良い匂いのふんわりした金色のオムそばが並んだ。


 オムそばの上にたっぷりと振られた鰹節(かつおぶし)があつあつと卵の上で踊っている。


 僕は、もう我慢ができなくなって


「頂きます!!」


 言うが早いか喉の奥に放り込んだ。


「あっ!待ってヨシ君!」


 その瞬間!


「ゴホ、ゴホ、ゴホ!ゴホ!!」


 と咳き込む。気が動転してなんでこんな事になっているのかさっぱり分からない。

「ひっひっひっ。ここのオムそばの具材にはひっひっひっ細かい蒟蒻(こんにゃく)が入っているから、いきなりがっつくとひっひっひっ。咳き込むよ」


(...それ、先に教えてよ!...。)


 僕は、水を何杯も飲んで、ようやく落ち着いて此処での初めての昼食を食べることができた...。

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