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人生  作者: yoshi88
:22歳 第四章 葛藤を謳え、因果をねじ伏せる欺かざる魂は世界線を越える
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20.洗礼(その1)

・・・事務所がある6階のボタンを押す。・・・ガクン!


(...面接に訪れて以来、1ヶ月とちょっと経つな...。)


久しぶりにこの事務所特有の"洗礼"を受けながら、僕は社会人になって1年半程の事を思い出していた。これまで好む好まざるとに関わらず、自分では泥臭く真面目にやってきたつもりだ。


もしも現役で大学に合格していたなら今でも浮ついた気持ちのままでいただろう。働いて収入を得る厳しさも同世代の人達よりも身に付いている。そう自負している。


今ではCAD(キャド)もサクサク使いこなし、見様見真似で良ければある程度どんな図面にも対応できる自信もあった。


(...自分を信じろ...。)


日本代表のオリンピックの選手のように皆から期待されて推薦された特別な人達とは無論比べるべくもないが、自分には夢がある。それを信じているからこそ周りを説得し、我儘を押し通し、その思いに人生を懸けて今この場所に辿り着く事が出来たのだ。


もしも人生に偶然が無いのであれば、これは自分が引き寄せた必然である。


(...自分を信じろ...。)


忘れかけていた、忘れようとしていた自分の気持ちに真摯に向き合いもう一度夢を追いかける若い情熱にはどんな分厚い壁が立ち(はばか)ろうとも負ける気はしなかった。


"コンコン...。"


「失礼します...」


勤務時間は9時からと聞いていたが8時30半前に着いてしまった僕は、手持ち無沙汰(ぶさたの余り、暫く職場の周りをウロウロと物色して時間を潰してから耐え切れず8時45分に事務所の扉をノックした...。


「はぁい、どうぞそのまま入ってきて!」


「失礼します!」


「おはよう」


「お早う御座います」


(...あの優しそうな眼鏡のお兄さん、名前は確か清水(しみず) (つかさ)さんだ...。)


僕は改めて自己紹介し、今日からお世話になる旨を告げると、


「ヨシ君ね、宜しく!分からない事があったら何でも聞いて。僕に分かる事なら何でも教えるから」


「宜しく、お願いします」


「此処使ってよ。1ヶ月くらい前まに居た人が辞めたから、そのお(ふる)だけど...」


僕の眼の前には2年程前まで建築専門学校で使っていたあの独特のテーブルを斜め45度くらいに傾けたようなベージュ色の無機質なボードと、その上に蛍光灯、真ん中に上下左右と角度が変わるスライド定規が内蔵された「製図板」、通称ドラフターと製図板の左横に90度横に向けて普通のスチールの事務机がセットで配置されていた...。


僕は一瞬ごくりと固唾(かたず)をのんだ。


「もしかして、手書きで図面を書いてますか?」


「勿論。あぁ、一寸(ちょっと)うちは(ほか)と違うかも」


「違う?何がですか?」


「うちは所長の(こだわ)りで、和紙に図面を引くんだよ」


「和紙ですか?・・・あの襖の障子に使ったりする、あの和紙の事ですか?」


「はっはっはっはっ・・・面白いねヨシ君は」


清々しいほどにこにこしながら、清水さんは人懐(ひとなつ)っこそうな笑顔を僕に向けて来た。僕よりたったの3歳年上ではあるが、少し大人びいた落ち着いた雰囲気の彼は僕の事をまるで年下の弟のような感じで接してくる。


まだ10分程しか経ってないが全く距離感を感じさせない不思議なオーラを漂わせている。


僕は、所長との面接のやり取りを思い出しながら、


(...あぁそれで"字が汚い"ってぼやいていたのか...。)


あの口髭のぼやきを思い出しながら全てに合点(がてん)がいったものの、折角覚えた自分のスキルが永遠に封印されて、一抹の不安が胸を奥を(よぎ)っていくのを感じていた。


「おはよう...」


「おはようございます!」

「・・・ございます!」


清水さんに聞きたい事は沢山あったが、そこは所長の登場で打ち切りとなった。


僕を一瞥した所長は、


「前にも言ったけどここは会社じゃないから、明日からはスーツじゃなくて良いから。普通の普段着で良いから」


「はい、分かりました...」


初日の初出勤だというのに、清水さんとは全く対照的に所長は面接時と同じような有無を言わせないような威圧感でにこりともせず、僕を眼下に見下してきた。


(...シルクハットの帽子を被っていたのは、やはり髪の毛が薄くなってきたのを隠す為だろう、そしてトレードマークの口髭もそのカモフラージュに違いない...。)


どうでも良い事ではあるが、なぜかに気になってしまう。


(...初日だというのに何だかギクシャクしているような気がする...。)


先程まで清水さんとの春の木漏れ日の中でうとうと微睡(まどろ)みながら、テーブルを囲んで紅茶でも(すす)っている時のような面持ちとは裏腹に、凍てつく南極海の流氷の上で滅多にお目に掛かれないシロナガスクジラが潮を吹くを探るようにじっと所長の顔を見ていたが、一瞬もその気配はなかった。


唯一、所長が業者に特注させたA2サイズの和紙に描かれたクライアントから受注した戸建て住宅の図面の"原紙"を見せてもらい、僕がのけ反るほどその美しさに驚いた時リアクションに満足したのか、一度だけ口髭を緩ませた...。

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