16.人生の分岐点
田川君の道案内で今から観に行く場所は、何時も向かう大劇場ではなく複数の映画を沢山上映するようなシネマコンスタイルの劇場だ。
(...今日、僕は田川君に退職する事を告げなければならない..。)
仕事は然程難しくなく、給与は安いものの幸運にも良き先輩達に恵まれ、特に今の仕事に不満はなかった、今までは...。が、あそこで、あの役所の帰り道ふと立ち寄った何処にでもありそうな催し展――。
「最優秀賞を受賞した建築模型の展示」が僕の眠っていた、消えかけていた「原点」に、再び希望の光を灯した...。
・・・田川君の何時もの陽気な会話に相槌を打ちつつも、僕の心は締め付けられるような一抹の不安と寂しさと、大親友、唯一無二の親友である田川君への少しばかりの罪悪感で、なんだか先程からずっと「心ここにあらず」の状態が続いている...。
「もうすぐ、着くよ。上演時間までまだ45分くらい前だから、全然余裕だね」
「・・・うん...」
ここで田川君に全てを打ち明ければ、多分僕は明日、会社にも朝一番で「退職届」を提出来ると思う。そして次のステップに進める...。
これが、次にお世話になる事務所が「アルバイト」ではなく、ちゃんとした「会社」の形態であればこれほど迷う事はない。給与はともかく、自分の"夢"と仕事内容が一致するのだからあとは本人次第で納得もする。が、現実は違う...。あまりにも過酷だ。
・・・田川君の背中を見ながらとぼとぼと、僕は自分の足元を見つめた。右に進むべきか、左に進むべきか...。
(...多分、僕は今、"人生の分岐点"に立っている...。)
「その角を右だよ」
不意ににっこり振り向いた田川君の顔を見上げた瞬間――。
「実は、話があるんだ」
燃えるような真剣な表情に田川君は全てを察したように、
「ヨシ君、転職考えてるでしょう?・・・それで面接上手く言ったの?・・・いや、上手くいったんだね。おめでとう」
僕の一代決心をあっさり見抜いた田川君に、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔で、一瞬何を言えば良いか忘れそうになった。まさに図星、流石は田川君。
阿吽の呼吸とはこのような事を言うだろうか、僕の狭い心の葛藤など簡単に乗り越え、話の敷居を下げてくれた。
僕はこれまでの経緯を大幅にカットし、いや、カットし過ぎてこう告げた。
「明日、朝一で「退職届」を出そうと思う」
「そう...。・・・了解!」
右手をこめかみの横に当て、にやにやしながら僕を見つめてくる田川君。
(...田川君がもしも女性なら、きっと告白していることだろう...。)
それからは、僕も田川君の横に肩を並べて歩き出す。今日観る予定の映画の話に話題を切り替えた。画像が綺麗なアニメ映画「攻殻機動隊」は、あまり人気がありそうではなかったが、思ったよりも沢山の客がロビーに群がっていた。
いつぞやの「タイタニック」とは一転してカップルはやや少なめ。どちらかというとオタク風の人集りが出来ており、秋だというのに主人公のイラストをプリントしたTシャツにジャケット羽織っていて、なぜか皆お揃いのような恰好をしている。その集団があちらこちらに見てとれる。外国人も数人混じって上演前から異様に盛り上がっており、なんだか怖い...。
(...オタク文化は、国境を越える...。)
全く知らない映画だけど、確かに映像は美しく好感が持てる。これで内容が良ければ申し分はない。それに今度はラブストーリーでもなさそうだし、男2人、安心して観れそうだ。
――上演20分前。
僕はずっと心に引っ掛かっていた悩みも打ち明けられたし、気楽な気持ちで映画を観る事ができて嬉しかった。
この映画が例え期待外れでも一向に構わない。こうやって今日、田川君と話しが出来た事に意味があるのだ。
傍らにいる田川君は僕がトイレに行っている間に大きなポップコーンを右手に持っていた。僕も買いに行こうと思ったが、やめておこう...。
上演時間が差し迫り、真っ暗な劇場を僕達は少し後ろの方のスクリーン中央から向かってやや右の方に腰掛けた。
何時もの宣伝が流れ、本編が始まる。・・・近未来の物語、「攻殻機動隊」――。
・・・この時まだ僕は、いや僕達は気づいていなかった...。
そこに登場する内容が後の世界を一変させてしまう程の技術が隠れている事に...。
良く見ていないと分かりづらい内容ではあるが、魂だけを入れ替えた機械人間(身体の機械化)やまだ人間の一部が残っている肉体の人間達が特殊警察官になり、犯罪組織あるいは個人を捕まえ犯罪を未然に防ぐような内容で、犯罪者も記憶を変えられた操り人形のように自覚無く犯罪に手を染めていく。
・・・いきなりディープな内容に、最初は全くついていけない。AIがどうのこうのと言っているが、半分くらいしか聞き取れない。
AIとは「Artificial Intelligence(人工知能)」の略で、人間のような知能をコンピューターで再現する技術の総称であり、この技術は30年先に実現する未来の技術であるが、この映画を観てそれが分かる人が一体何人いるのだろう。
この映画の原作者は間違いなく稀有な人物、"未来人"である。
「攻殻機動隊」シリーズはその後、士郎 正宗の原作漫画から始まり、押井 守監督の劇場版や「S.A.C.」シリーズなどで世界的な人気を確立したサイバーパンクアクションの金字塔となる。
特に主人公の草薙 素子の魂に関する哲学的なテーマと魅力的な映像で、アニメファンだけでなくハリウッド映画にも影響を与え、新作が制作され続ける不朽の名作となっていく。
未来の戦争兵器として実際使用される事になる「小型ドローン(無人飛行機)」が初めて登場したのはアニメ版の「攻殻機動隊」(第1期、2002年)である。人気キャラ、タチコマは「ドローン、AIロボット」の事で、20年以上も前にその技術を提示している事は、驚愕すべき真実である。




