13.御堂筋(みどうすじ)
土曜日、大阪市中央区本町にある雑居ビルの前に来ていた。
本町は大阪の中心の北の玄関口である梅田通称"キタ"と、南の玄関口である難波"ミナミ"を南北で結ぶ全6車線1方通行の幹線道路「御堂筋」が通っている。
この大阪を南北一直線にわずか数分で駆け抜ける全長4.4kmのメインストリートは、「道こそ街の動脈」と位置づけ、1923年第七代大阪市長、関 一の強いリーダーシップの基、計画が進められた。
1923(大正12年)と言えば、神奈川県および東京都を広範囲で襲った関東大震災が発生した年である。
死者約9万9千名、行方不明者約4万3千名、全壊家屋は約12万8千戸、焼失家屋は約44万7千戸にのぼる。当然国からの十分な援助は期待できず計画当初から予算は逼迫していた。その上拡幅以前の御堂筋は道幅6mしかなく、全長も1.3kmほどしかない狭く短い道路だった。
それを幅44mの約8倍、全長を4kmにするというのだから当時の常識から言えば考えられない程の難工事は必至。市民は、
「市長は船場の真ん中に、飛行場でもつくる気か」
と受け止められていた。
しかも100年先を見据えていたという関市長の構想はそれだけに留まらず、道路の下に地下鉄を走らせるというもの。
土地に権利を有する日本において、道路を広げるにはそこに住んでいる人に立ち退いてもらわなければならない。
所謂「住民の立ち退き料」が発生する。
これに予算の大半が使われ当然予算が足りなくなってしまい、それを解決手立てとして関市長が考え出したのが「受益者負担金制度」だった。
これは御堂筋拡幅後の沿道の商家に"どれだけの利益が将来生まれるかを算出"し、その額に応じた税金を前もって納めるという制度で、これには市民も猛反発。
立ち退きと共に市民の理解を得ることは困難を極めた。しかし、関市長は御堂筋の拡幅が大阪の発展の為にどれだけ有益であるかを市民に説き続け理解を求め、関係者も住民が立ち退きに同意してもらうまで何度でも頭を下げに訪れた。
当時市民の誰もが受け入れ難かったこの「受益者負担金制度」は100年後の今日、道路を通して宅地を開発する為の税金制度として広く日本国民に定着している制度である――。
大阪のような軟弱地盤には、地下鉄のトンネルを掘ることだけでも大変な作業で、トンネルマシーンもない時代に、壁となる場所に鋼矢板を打ち込み、中を露天掘りする方法を採用。
その打ち込み時の騒音・振動は相当なもので、付近の家屋は傾き壁が落ち地下水が枯れ果ててしまったほどである。
――1937(昭和12年)5月11日。
御堂筋は幾多の困難を乗り越えて開通の日を迎えた。実に、着工より11年という長い歳月をかけての完成となった。
シンボルとも言える銀杏並木は完成時に植えられたもので、御堂筋の両側には800本以上も植樹され全長約4kmの直線道路と開放感のある道幅そして自然溢れる並木道は見る人を何時も楽しませてくれる。
明確な都市イメージを持って建設された御堂筋には御堂筋に面する周辺ビルにも制限を設け、「百尺制限」約30m制限によりビルの高さを一律百尺に揃えた。この制限により御堂筋は更に美しい景観が際立ったといえる。
しかし1990年代以降はビルの高度利用の必要性が高まり、高さ制限は徐々に緩和されている。
――御堂筋から少し東の通りに入った雑居ビルの6階に建築家の事務所「Architect Studio 一級建築士事務所」があった。
(...この建物は多分賃貸事務所だろう。この人の作品とは程遠い外観だ...。)
僕は指定された午前10時よりも早い9時30分過ぎに着いてしまったが、喫茶店を探す時間も無いし少し早いが訪ねる事にした。
・・・ビルのエントランスホールに入るとオートロックになっていないのでそのままエレベーターに乗り込んだ。事務所がある6階のボタンを押す...。
・・・ガクン!というエレベーター独特の動作に少し戸惑いつつも、近頃は静かなエレベーターも増えて来たと考えていた。
・・・最近乗ったエレベーターの中でも滞在時間が長いエレベーターは、やはり成人式の日に同級生と訪れた「空中庭園展望台」へ向かう途中で体験できる、3階から35階を一気に駆け抜けるシースルーエレベーターだろう。まるで空中に浮かびながら上昇するようなスリルと開放感を味わえるが、静かで全く不安感は感じなかった。
(...いつか有名な建築家になって世界中を旅して、それからフランスに行ってエッフェル塔のエレベーターにもきっと乗ってやる!・・・それにしてもこの不安定で狭いエレベーターといい、僕達の事務所がある西区もそうだが御堂筋に面する目抜き通りを除いて本町も大阪の下町と大差ないな...。)
・・・面接で訊ねられた時にこう答えようとか、自分のやりたいのはこんな仕事だとかここに来る前電車の中であれこれ考えていたはずであったが、全くどうでも良い事に妄想し続けていた僕は、気が付くと6階に辿り着いていた...。
”コンコン...”「失礼します...」
「・・・」
「はい」
やや間があって、中年の男性の低い声で、
「どうぞ」
と聞こえてきた。
「失礼します!」
僕は何時もより少し高いトーンの声で出来るだけ堂々と聞こえるように、挨拶をして扉の中に入った。
僕の目の前には優しそうな眼鏡のお兄さんらしき人が僕を迎えてくれた。
(...さっきの声の人じゃ、・・・ないな...。)




