12.吉兆(その2)
まぁ、日曜日に分かるだろう。
僕は用事があるからと田川君に伝え、今日は5時ピタで会社を退社した。
・・・会社から少し離れた公衆電話に行き、鞄から取り出した建築士事務所名簿の付箋を貼っている電話番号を順番に掛けていく――。
・・・結局、全て全滅。面接のアポイントさえ取り付ける事はできなかった。1件も無い...。僕は少しアプローチを変えて、別の方法を試みる事にした。
(...「就職」では無く、「修行」ならどうか?...。・・・つまり、建築家の弟子入りみたいな感じで働き、技術を習得するみたいな感じで...。)
次の日――。
事務所にある建築雑誌から自分が好きな作風の戸建て住宅を設計している建築家の事務所名を次々メモしていく。そして会社の電話から104番に電話し、その事務所の電話番号を聞き出した。それを何件か集めてリストに書き出す。
この便利なサービスも30年後スマートフォンの普及で人知れずサービスが停止されてしまう事は、当時の僕は知る由もない。
夕方、役所へ資料を届けた帰りに昨日の電話BOXに辿りつくと僕は急いで鞄からメモを取り出した。
「あっ!!」
慌ててしまって鞄から強引にメモ帳を引き出す際、鞄の取っ手の部分がメモ帳に引っ掛かり、片方の取っ手が外れてしまった。
「あぁあああ...」
給料日までまだあと2週間も先だ。おまけに今度の日曜日、田川君と映画に行く約束もしてる。なかなか上手くいかず、意気消沈していた僕に奇跡の出会いが待っていた!!
「・・・もしもし、私は、・・・そうです。現在駅前等、自転車駐輪場専門の設計事務所に勤めてまして、どうしても住宅の設計に携わりたくて電話させて頂きました。・・・はい、はいそうです。就職して1年半くらいになります。・・・えっ?最近1人辞めたから1つだけ空きがあるのですか?本当ですか??・・・でも会社じゃない?・・・と、言いますと?・・・・アルバイトなら雇っても良い?今週の土曜日ですか?はい、空いてます。卒業時に製作した卒業設計作品ですか?はい、家にあると思います。はい、分かりました。土曜日、午前10時、はい、はい分かりました。失礼します...」
(..."禍福は糾える縄の如し"かも知れない...。)
僕は取っ手が外れた鞄をにやにやしながら、事務所に抱えて戻ってきた。にやにやした僕を見つけて上司が、
「鞄を抱えて、何にやついてるねん?」
と言ってきた。僕は実は帰りに鞄の取っ手が外れてしまって、この鞄を捨てなけばならないけど、お金が無いからビニールテープで補修しようと思っている旨を伝えると、
「何を馬鹿な事を」
と奥の棚から黒い鞄を一つ出してきた。
「もう使ってないからお古になるけど、いるか?」
「いります!」
即答した。僕は上司から使い古し、少し草臥れてはいるが上等な皮の黒い鞄を一つ譲り受けた。
(...人間万事塞翁が馬...。)
僕はまた、にやにやしていた。




