10.旧友(その2)
僕の勉強法は普通の人と大差はなかったと思う。しかし、一点だけ異なるユニークな方法を採用していた。
父が仕事で使っていた何処の文房具屋でも購入可能な赤マジックを使って、――他の蛍光色のペンやボールペン等は一切使わなかった。――あとは鉛筆のみ。重要箇所を赤ペンで書いたり囲ったりするというもの。他の色を使ってしまうと気が散って、本当に覚えなければいけない箇所を覚えられなくなってしまうからだ。
この単純でシンプルな勉強法を坂井君はまるで、少年ジャンプ漫画「北斗の拳」の奥義を伝承するような気持ちで、有難く受け継ぎ、僕と全く同じ赤ペンを購入し、全く同じ方法で勉強を開始した。
この方法がたまたま坂井君にしっくりきたのだろう。いつも20点、30点代で赤点をもらっていた彼の成績は右肩上がりに向上し、最初の試験で42点!――先生に褒められ、――次の試験では68点、3回目の試験ではなんと86点の高得点を叩き出した。
それに伴い数学や国語も赤点は全く取らなくなっていた。
皆の彼を見る雰囲気が明らかに今までと変わってきているのが分かる。それが僕には心地良かった。
彼は何時も僕に感謝し、
「よっちゃんのお陰でめっちゃ良い点数を取る事ができたわ。よっちゃんは教え方が上手いから、きっと社会の先生に成れるよ」
と、にこにこして言ってくる。僕も嬉しくて、
「そうだね。そう成れるといいね」
と言っていた――。
彼は高校3年間、無遅刻無欠席の優秀な評定、内申点の評価を学校から受け、推薦入学で大学受験をし、見事有名大学に現役合格している事までは知っていた。
あれから一度も連絡を取っていない...。
(...坂井君...。)
「久しぶり」
僕の安物スーツとは明らかに違う、高そうで良い生地を使ってそうな背広や足先の革靴を見て、ちょっと何を喋って良いのか分からず、変な間が空いてしまう...。
何を言おうかと考えていると向こうから、
「よっちゃん...。俺、大学で勉強して、社会の先生になれたよ。今高校の教師をやってる。何時かお礼を言いたいって思っててん。有難う」
清々しい程真っすぐな言葉に、一瞬、中学生で毎日毎日馬鹿な事して、勉強して、生徒会長まで成らせてくれて、先生に怒られたり、褒められたりする傍らに何時も彼がいた事を思い出す――。
僕にとっては最高の友人であり親友である。僕の代わりに、僕が成りたかった夢の先で彼は待っていたのだ。
彼が最初に、真剣に勉強したのが「歴史」だ。そこに僕もいた。本当に最高の時間だったと思う。――ついさっきまで失念していた...。――それなのに、僕は受験に失敗しただけで、――たったそれだけの事で、――大切な、大切な何かを永遠に失ってしまった...。
「・・・あぁ、そうなんや」
惨めで寂しい微笑を滲ませて、僕はそれだけ彼に告げるのが精一杯だった。
自分の近況も聞かれ、"僕は頭が悪いから"と自虐的に建築の専門学校を出て、今は建物の設計をしていると簡単に告げた。
「そうなんやぁ...」
坂井君も間の雰囲気の悪さから機敏に察したのか、それ以上突っ込んで聞いてこなかった。あとはお互い学生の頃の話で盛り上がり、気が付くと大阪駅に着いていた。
「じゃぁ、俺、こっちの方だから」
「じゃぁ」
お互い、連絡を取ろうとも、また近いうちに会おうとも言わず、僕は足早に駅の雑踏の中に紛れ込んだ。
地下鉄に乗り換えてようやく"ふうっ"と息を吐いた...。
つり革に掴まりながら、そっと鞄の中を見る。
・・・白い封筒が一通、ちゃんと入っている...。
それを一瞥すると、もう何もかも考えるのをやめて僕はそっと眼を瞑
った。




