9.旧友(その1)
翌日、何時もより早く目が覚めた僕は、建築士事務所名簿の気になる事務所に付箋を貼ったものと「退職届」を鞄に入れて、家を出た。
(...これなら1本早い電車にも十分間に合いそうだ...。)
空を見上げると綺麗な秋晴れの青空の中に、小さく鷺の群れが西の方角に向かってぱらぱらと飛んでいるのが見える。空が高い...。
最近昼休みに毎日読んでる建築雑誌の特集に、関西方面で主に個人住宅をメインに仕事をしている記事が掲載されていた事があり、自分好みの雰囲気の外観を設計デザインしている建築家の事務所の名前は自然とある程度記憶している。
それを中心に昨夜は事務所の所在地と電話番号、仕事内容を確認していた。
(...まずは電話してみて、アポイントが上手く取れたら話を聞きに行こう。退職届の提出はそのあとだ...。)
昨日までは全く"退職"等と言う考えは皆無だったのにも関わらず、一旦、退職しようと決心してしまうと、"今の仕事を早く辞めたくて辞めたくて堪らない。"と思えてくるから不思議だ。
急に今まで自分を繋いでいた見えない鎖から解放され、
(...僕は自由だ...。)
何者にもなれると思える瑞々しい精神――。
若者故の未来に対する冒険心等相まって、今朝から何だかうきうきした気持ちになっていた。
――自宅から裏道を通って10分程歩くとJR猪名寺駅に到着した。
左手に咲が通っていた小学校が見える。咲とは以前バイト先の帰り道で偶然出会って以来一度も会っていなかった。あれほどの美人はこの2年間見た事がない。
アニメの世界でもないし、そう簡単に偶然は起きない。思えば生徒会長に立候補して生徒会長になって、咲には何度もふられたけど、人生で自分が一番輝いていたのは、中学生の時だった気がする。
・・・黙々と駅の階段を上っていると、何時もより1本早い電車がもうすぐ駅に到着するようだ――。
慌てて一段飛ばしで階段を上り、定期券を見せて改札を通り過ぎる。それから大阪方面のホームへ今度は階段を一段飛ばしで駆け降りた。
降りてすぐ近くの乗車口に辿り着くと、何時もの満員電車とは違い少し乗客が少ない扉付近の車両に乗る事が出来た。扉が閉まってほっとするのも束の間、
「よっちゃん?」
と、"幼馴染しか知らない"僕の幼少期の呼び方で、誰かが声を掛けてきた。
振り向くと立派な黒いスーツを着て、きりっとした細い眉に笑顔を浮かべた好青年が立っていた。一瞬、
(...誰かな?...。)
思うと同時に、
(...あぁ、坂井君だ!...。)
と分かった。
立派な身なりで驚いたが、高校時代の面影がある――。
彼は中学・高校時代の友達で、学生時代学年で1、2を争う人気者。足がとても速く何時も学年1番、陸上部のエースだった。
中学2年と3年生の時同じクラスになり、僕が生徒会長に立候補し生徒会長になって咲に告白すると言う馬鹿げた妄想を現実にする為、僕の"立候補選挙戦"に尽力してくれたのが彼である。
坂井君は運動が得意で人気者だったが彼には1つだけ弱点があった。
それは勉強...。当時僕達の地域は大阪市にとても近いにも関わらず、大阪のような通っている学校によって差がつく偏差値重視のような感じはなく、地元の人であれば希望すれば誰でもほぼ全員高校に進学できた。
足は速いが勉強があまり得意ではない坂井君は中学2年生の時僕に、
「勉強のやり方を教えて欲しい」
と言ってきた。僕も凄くできる方ではなかった。が、「社会(歴史)」だけは好きでいつも殆ど90点代の高得点をキープしていた。僕は坂井君に、
「社会(歴史)だったら教えてあげれるかも知れない」
「お願い!」
眼を輝かせて頭を下げてくる。
それから毎日、「社会の勉強法」を坂井君に伝授していった。




