8.転機(その2)
・・・中は真っ白な落ち着きのある静寂な空間が広がっていた――。
一番目立つ位置に最優秀賞を受賞した建築模型が展示されている。作品の色も真っ白でトータルコーディネートされているが、一見してプロが製作した模型だと分かるような精巧で緻密な演出。
昔父に見せてもらった「大阪万博のパビリオン」を想起させるような驚くべき外観。周囲の地形を余す処なく100%取り込んだような環境負荷を極力抑えたコンセプト説明。
・・・それがスポットライトの光を浴びながら、今僕の目の前にあった...。
――昨日田川君と見た崖に建つ 「東灘区の家」、美観地区で出会った「倉敷珈琲館」、"あなたは、本当に美味しいカレーを食べたことがありますか?"・・・ひっっそり佇んでいる看板、・・・独特の空間を演出している「カレー屋」、・・・神戸大学の真っ暗な劇場で観た・・・鴻上尚史の「天使は瞳を閉じて」――。
・・・頭の中にぐるぐると、今まで観て来た震えた心が、深く深く刻み込まれて大切に残っている光景がフラッシュバックし、ぞぞぞぞぞっと演劇を観た時と同じような感覚で両腕に鳥肌が立つのが分かる。と同時に、何だかやるせない気持ちが溢れてきて、気が付くと涙が一筋頬を垂れていた...。
(...あぁ、これが建築家と呼ばれる人達が設計した建物か、・・・まだ、間に合うかな?...。)
上司は全く興味が無いらしく、早く喫茶店に行こうを僕を促してきた。
・・・その日、帰宅した僕はそのまま自分の部屋に籠って直ぐに一通の書類を認めた。「退職届」――。
(...両親には申し訳ないが、まだ自立出来そうもない...。)
本棚からうっすら埃を被っていた「建築士事務所名簿」をまたしても引っ張り出し、真剣に仕事内容を確認する。田川君に何て言おうかと考えながら、気が付くと僕は机に座ったまま深い眠りに落ちていた...。




