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人生  作者: yoshi88
:22歳 第四章 葛藤を謳え、因果をねじ伏せる欺かざる魂は世界線を越える
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6.東灘区の家

 折り返しのバスは16時に発車するそうで、あまり待たずに乗車出来た。


「芦屋駅」までは直ぐに到着するはずだ。8分ほどで駅に到着し、急いで阪急バスに乗り換える――。


 これが平日だったら乗り継ぎ時間が短いので、きっと間に合わなかっただろう。そうすれば30分もここで足留めになっていた。僕達は何とかスムーズに16:16発の「うぐいす谷」方面行きへのバスに乗り込んだ。「東おたふく山登山口」へは途中下車し、ここから18分の距離である。


 やっと一息ついて空いている席に腰を下ろしながら僕は、リュックの中から会社でコピーしてきた「東灘区の家」の写真を取り出した。


 何度見てもコンクリート打放しに生える斜面地を、斜面に沿って同じような傾斜で上手く利用した(かた)流れ屋根のシルエットが美しい――。


 思えば岡山県美観地区のあの赤い扉の喫茶店でも感じた事だが、


(...自分は一体何の為に、この仕事に就いたのだろう。こんな事をしていて本当に世界に通用する"建築家"になれるのか?建築家どころか仕事で人が住まう家「住宅」にさえ一度も携わっていない。・・・そもそもこの事務所ではそういう仕事が無い...。受験要件である4年間の実務経験を経て、たとえ難関の国家資格一級建築士に合格できたとしても、その時技術的な知識や経験が伴っていなければ、到底目指す頂きには辿り着けない...。)


 自分が心打たれた美しい建物を見た時の純粋な感動する気持ちと、それと同時にどうしようもない現実との狭間で、自身の夢が叶わないかも知れない()る瀬なさに揺れながら、気が付けば「東おたふく山登山口」に到着していた...。


 16:34――。


 ひんやりとした秋の風は平地よりも2度くらいは低いだろう。山の()に日も沈みかけている。当ては全く無いが山道に沿って少し登って見る事にした。


 1時間歩いても見つからなければ暗くなるし、帰りのバスも気になるから戻ると決めて、取り敢えずそれらしい景色が見つかりそうな場所まで僕達は移動した。


 これまで田川君とは百貨店や繁華街を当てもなく散歩した事は何度もあるが、住所も目印も分からない「一軒の家」を探してぶらぶら歩いた事は無く、本当に辿り着くのか一抹の不安を覚える...。


 ・・・30分も登ったり下ったり、東へ行ったり戻ったり、写真で写っているような景色を求めて歩いてはいるが、それらしい住居は全く無かった。


 どちらかというと住宅がひと塊り連なっている街区が点在し、山を平地に切り開いて宅地にした、普通の切り(づま)屋根の2階建ての一軒家しか無く、山の別荘を思わせるような、単独で建っているような開けた空間は見つからない。


 2人共汗が吹き出し、僕はリュックサックに入っている「グイン・サーガ」10巻分の重さをひしひし肩に感じる度に、


(...今度買えば良かった...。)


 と、後悔していた。


 ・・・もうタイムリミットまであと30分を切っている...。


 赤みがかった茜色の空からキャンパスに群青色を混ぜた時のような、淡く蒼い色がどんどん濃くなりつつある。――もう諦めて帰りたくなった頃、


「ヨシ君!ヨシ君!」


 興奮したように田川君が服の袖を引っ張ってきた。


 田川君が指さす方向に視線を合わせると右側に少し登った辺りの崖の部分に、ぽつんと1軒、周りの建物とは明らかに異質で(おもむき)のある雰囲気を醸し出した「建物」が見える。


 もう暗くなってきたので茶系色のガルバリウム鋼板は真っ黒に見えるが、あの片流れ屋根は健在である。あそこから崖下に広がる「1000万ドルの夜景」を見れば、きっと贅沢な気持ちになれるだろう...。


 予想していたような駅までの距離が徒歩圏内では無かったが、概ね(まと)を絞った想定範囲内にその家はあった。


 僕達は最後の力を振り絞ってその家を目指して黙々と歩いていった。


 山道を登る度に遠目からは判別し難いが、丁寧に仕上げられたコンクリートの外壁が見えて来た――。


 辺りの薄暗い静寂の中にどっしりと存在感のある外壁は、ぬらぬらと黒光りし初めて見る者に神秘的な神々しさを放っている。施工不良の気泡孔は皆無で、職人による丁寧な仕事の跡が見てとれた。


(...あぁ、これが建築家と呼ばれる人達が設計した建物か...。)


 もってきた写真と見比べながらしげしげと食い入るように見ていた僕に田川君が、

「カメラ持ってくるの、忘れてたね」


 発見することが出来た喜びと、安堵の想いでにやにやしながら僕に話しかけてきた。丁度その時、


「あの、君達...」


 帰宅してきたこの家の住人が僕達の後ろから不意に声を掛けて来た。


 びっくりして振り返るや否なや、


「困るんですけど、そういうの。雑誌に掲載されてから、良く来るんですよ。やめて貰えませんか」


「えっ...と...はい、分かりました。すみません」


 僕達に一方的に最後通告を突きつけてきた家主であろう人は、それだけを言い終えると僕達の方を振り向きもせず、中に入って行った。そして、玄関の照明はいきなり落とされ、さっきまで明るかったはずの家の前は、途端に真っ暗な森の中に溶け込んだ。


 取り残された僕達は、無言のまま暫くその場から動く事が出来ずにいた。


 ・・・気が付くと日はとっぷりと暮れ、急に木枯(こが)らしを思わせる突風が吹き荒れ始めた。山の寒さが一段と増し、僕達の興奮した体温を急激に下げにかかる。此処ではもうすっかり秋なのだ。


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