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人生  作者: yoshi88
:21歳 第三章 無智と無謀の偽善者は、今日も素敵なマスクを被る 
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31.路傍に咲く偉人達

 ・・・昨夜の雨が嘘のように、翌朝は()れた。僕が起き出す頃にはすでに出発しそうな欧米人の女性宿泊客が玄関にいる。昨日は誰とも話していなかったので、


「お早う御座います」


 とだけ声を掛けると相手は僕を見て、


 ”Good morning, are you still sleeping?”・・・みたいな事を話しかけてきた。


 ”おはよう”と”sleep”の単語から推察して、愛想笑いでニコニコしていた。


(...学生時代もっと勉強して日常会話くらいできたらなぁ...。)


 僕は、外国人女性を見送ってから部屋に戻って身支度を始めた。


 特に当てのない一人旅ではあるが、まだ大原美術館にも行っていない。


 大原美術館は、1930年倉敷の実業家大原孫三郎(おおはらまごさぶろう)が設立したもので、西洋美術、近代美術を展示する私立美術館としては日本最初のものである。


 1930年といえば、ゲームもテレビもなかった時代で(ちまた)には紙芝居が娯楽として普通に存在していた。


 ラジオや新聞から流れる軍部による歪曲(わいきょく)された報道は、国民を戦争へ駆り立て、翌年の日中戦争の引き金となる満州事変(まんしゅうじへんへと繋がっていく。


 世界が誤った方向へ舵を切り始めようとしていた不穏な時代、そんな最中(さなか、孫三郎は支援していた児島虎次郎(こじま とらじろう)の、


 "日本の人達に西洋の優れた絵を見せたい"


 という思いから生まれた美術館、それが大原美術館である――。


 戦争中「倉敷」が空襲を免れたのは、人類共通の財産である世界的な美術品や絵画を爆撃で焼失させてはいけないという連合軍司令部の指示で、爆撃目標から外された為と言われている。


 正に倉敷の街を戦火から救った影の立役者と言っても過言ではないだろう。


 岡山県の山間部で生まれた虎次郎は5歳で父を亡くし家族に反対されながらも一流画家を目指す。


 東京美術大学を飛び級で卒業し、東京勧業博覧会美術展に出品した「なさけの庭」は一等賞を受賞、明治天皇皇后陛下がその絵を大変お気に召され宮内省が買い上げたほどの実力者である。


 孤児達に慕われる寮母を描いたその絵画の題材である鈴木陽(すずき ひかる)は、9歳の時母を亡くし大変苦労して勉学に励み、当時日本で一校しかなかった東京女子高等師範学校を卒業。大垣高等女学校の教諭となる。当時岡山孤児院は新たに東北地方の孤児も迎え1000名以上となり、資金に人手に、大いに窮乏していた。


 その話を聞くにおよび、彼女は一大決心し同高等女学校教師を辞し、1906年「岡山孤児院」に入り寮母となったのだ。


 見たものを懐かしく、温かい気持ちにさせる「なさけの庭」は現在、皇居三の丸尚蔵館(さんのまるしょうぞうかん)の敷地内に現存しており、三の丸尚蔵館は新施設の建設に伴い現在休館中。


 2026年秋に開館が予定されているらしい。


  ・・・虎次郎の死因は「過労死」――。


 生涯最後の作品は未完に終わるが、その親友の画家、吉田苞(よしだしげる)により完成をみる。


 虎次郎の死の翌年、彼のコレクションを元に大原美術館は設立する。


 世間は金融恐慌の真っ只中、周囲の反対を押し切っての英断だった事は、殆どの日本人は知らない...。


 岡山のお土産「きびだんご」に興味はあるが、虎次郎がフランスの印象派の画家モネの自宅を訪ね、直接買い上げた「睡蓮」の事は知らない...。


 その縁でモネが描いた「睡蓮」から株分けしてもらい、大原美術館の中庭の池にそっと浮かんでいる事実は、本当に誰にも知られていない...。


 この花を見て100年以上も前に心を砕いた先人達の想いに触れる事は、もしかすると戦争をこの世から廃絶する切っ掛けになるかもしれない。そうなって欲しい...。


 ――大原美術館の開館は、9:00らしい。


 ユースを早く出てきたせいか、まだ8:30である...。


 僕は美術館前の敷地前に立つロダン作「カレーの市民」の前で佇んでいた。


 ロダンといえば「考える人」である。他の事を学んだ記憶がない。


 この苦悶の英雄像を前にしても、自分が"無智"であれば寄り添えない。


(...今から30分待って絵画を鑑賞してもきっと直ぐに忘れてしまうだろう...。)


 暫く考えていたが、結局美観地区を一旦離れ駅の方に歩く事にした。


 小腹も空いたし、地元の喫茶店でも入りたい。ふらふらと散策しているといつの間にか「えびす商店街」に辿り着いていた。


 一軒のおもちゃ屋さんが目に留まる...。


 店内はガンダムやウルトラマン、仮面ライダーは勿論の事、昭和時代の懐かしいフィギアが所狭しと飾られいている。


 大原美術館よりも無料で鑑賞できる地元商店街のおもちゃ屋に目が釘付けとなっていた。


 ・・・一通り見て回り、帰りに駅前でお土産の名物「元祖きびだんご」を買った。

 桃太郎は犬と猿とキジをお供にするために「きびだんご」を渡した。


(...僕も今度このユースに滞在する時は、駅で「きびだんご」を買っていこう。夜道でもきっと大丈夫だ...。)


 レジで田川君のお土産を受け取りながら、どうでも良い妄想に、僕は苦笑した...。(完)

第三章 無智と無謀の偽善者は、今日も素敵なマスクを被る


これにて完結です。ここまで、読んで頂きまして有難うございました。


また、第四章で、御会いしましょう。


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(^_-)-☆

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