30.生きるという意味
・・・犬どもに囲まれてから、もう何分経っただろう――。
体感時間では2~3分くらいのはずだが、それほど経っていないのかも知れない...。
ポツリ、ポツリと夕方まで持ちこたえていた雨粒が、僕のリュックや眼鏡に容赦なく降り出し視界を塞ぐ。・・・雨は少しずつ水量を増しながら、もうすぐ土砂降りになる気配さえ感じさせている。
(...このままここで対峙している訳にもいかない。何か逃げる方法はないのか...。)
僕はドーベルマンを睨みつけながら、眼だけで素早く公園内の状況を観察する。ブランコはあるが、肝心の「滑り台」がこの公園には無い。
(...何で公園なのに滑り台がないねん!公園って言ったら滑り台でしょう?4、5歳くらいの子供の"一番人気アトラクション"は滑り台に決まってる。・・・あぁ、そうか。ここは小さな公園だから予算がなかったんか?多分そうや!きっとそうや!だったら砂場を無くして滑り台を作ればええやん、違います?砂場より絶対滑り台の方が人気があるよ。砂場はペットも寄り付くから寄生虫に感染したりして最近は管理が難しいし、やはり砂場に囲いを設けて...。)
・・・どうでも良い事を考えていると、野犬の包囲網が少しずつ狭まってきているのが分かる。もう、逃げ場は無い!!先程からの雨は激しさを増し、すでに靴下の中も下着もぐっしょり濡れている。
(...ここから走ればきっと10分くらいでユースに辿り着くはずだ。何か無いのか!武器になりそうな何か...。)
今回の一人旅の趣旨を考えながら、「ドラえもんの四次元ポケット」のようにリュックの中身を必死に思い出す。そして、僕は自分の命を一本の"折り畳み傘"に託し、大型犬ドーベルマンと対峙した――。
僕の家系は先祖代々「武士」である。古より自信の死と直面した時は、相手に敬意を払い全力で殺さなければならない。
誰からも教えられてはいないが、"血"がそう告げている。
これは一部の仏教徒には禁じられている"無駄な殺生"になるのか、今の僕には分からない。が、自分の大切な人や、自分の命が危険に晒された時、おめおめと引く考えは微塵もなかった。
・・・ぴたりと身構えドーベルマンとの距離をはかる。
覚悟を決めると自然と心は落ち着きを払い、まるで水面に波紋が広がらない程の静寂の中、僕は凄まじい殺気を放ちながらドーベルマンに向けて刀を振り上げた。
生物が生き残る為の瞬間的な勢いに流石のドーベルマンも怯み、ギリギリの処で僕の刀先をかわす――。
ファミコンの「ドラゴンクエストⅢ」 では4000回死んだ僕だが、現実世界ではドーベルマン相手に自分の方から戦いに挑んでいた。
腹を空かせた中型の野犬が2頭、後ろから僕の方へ飛びかかってきた。僕はそのまま半回転し刀を振り払い、そいつらの胴の当たりへ「会心の一撃」を食らわした!
「キャイ~ン!」
哭きながら、僕と間合いを取り出した犬共は突発的な出来事に驚き連携がみだれ、円陣の包囲網の一つに隙間が生じる――。
(...今だ!...。)
僕はそこを目掛け、闇雲に刀を振り回しながら退路を確保する。
「ウウウウウ...。」
と先程と同じような鳴き声を発しているが、明らかに怯えの気配を感じる。
僕は奴らに背を向けないようにしながら、ゆっくり後ずさりで一歩、一歩山の方へ公園から離れていった...。
・・・雨は更に激しさをますような音を放っているが、森の木々が優しく僕を守るように大雨から守ってくれている。
そこから、10分も経たない内に宿泊先の仄かな明かりが僕を出迎えてくれた。
興奮して血が滾っていた僕は大雨の中、右手に傘を持ちながら、傘を差さずに黙々と歩いていた。少しの間傘の差し方忘れている自分に気づく...。
「倉敷ユースホステル」の扉を急いで僕が開けると、びっくりしたようにオーナーが出迎えてくれ、風邪を引いたら大変だからとバスタオルを用意してくれた。受付もまだ済ませていないにも関わらず、先に着替えてきなさいと促された。
(...すみません...。)
僕は初対面のオーナーの温かい出迎えに心で感謝しつつ、案内された2人部屋に腰を落ち着けた。
今日が月曜日だからかも知れない。2人部屋のはずが他の宿泊客はいない。僕は着替えをリュックから探した。中身は全てずぶ濡れだったが、入浴する時着替えを持って帰る為のポリ袋の中に偶々下着とジャージを入れており、着替え用の服は奇跡的に雨から免れた。
(...ジャージの上下は少し湿っているが、着ながら乾くだろう。靴下は干して、朝までに乾かす。あとは、靴...。)
ユース会員と宿泊の手続きを済ませた僕は直ぐに靴を見に行った。ユースのオーナーから使わなくなった古新聞をもらってきて、ぐしゃぐしゃに丸め、それを靴の中敷きに詰めて入れておく。
(...これで多少は乾くだろう。本当はドライヤーでも当てたいくらいだが、施設の人に迷惑はかけれない...。)
・・・談話室に一人旅風の宿泊客が数人、楽しそうに珈琲を飲みながら雑談している。女性客もいるし、数人外国人観光客もいるようだ...。
僕は遠巻きにそれを眺めつつ、いそいそと自分の部屋に戻り、風呂へ入ることにした。今日はとても沢山の「経験値」を得て心身共に疲れ切っており、「宿屋」の布団に納まると一瞬で深い眠りについてしまった。ゲームのように明日の朝には体力は全快していることだろう...。




