22.いざ、扉を開け(その1)
自転車に乗って高校の時何時も行っていた、西武百貨店へ向かう――。
中学生になってスイミングスクールも此処に通っていた。百貨店の施設と施設を挟んで中庭を設け、人工ではあるものの中庭には小川も整備されている。小川の畔には四季折々の花々や花壇が所狭しと植えられており、行きかう人々の眼を楽しませてくれる。
そこに併設されたイタリアン風のカフェテラスや、中庭からそのまま2階に上がれる階段を設け、まるで舞台の装置のように、縦横無尽に建物と立体的に繋がっている。ちょっとした無料のアミューズメントパークのようだ。
何時行っても少しずつではあるが、ちょこちょこと改装が施されており、訪れる度に新しい息吹を感じる不思議な百貨店である。
大通りを挟んで母校の前にある為、決まって帰りに彼女と此処へ立ち寄った。ウィンドウショッピングしながら、自然に決まった"自分達のルート"をゆっくりと巡り、他愛もない会話をしながら2人で歩いてゆく――。
そして最後に一番奥の噴水の前で並んで座るのだ...。
・・・座るというか、僕は良く彼女に膝枕をしてもらっていた。
ある時、僕は何時ものように膝枕をしてもらいながら、サラサラとした彼女の髪を見ていた。
(...ポニーテールも良いが、授業も終わって解放された時に下ろす彼女のストレートの黒髪もなかなか...。)
と、少し上の空で考え事をしている。
「あぁ、またさっき自分の世界に入ってたやろ?」
微笑みながら少し拗ねたような仕草で僕の頬を軽く摘んでくる...。
甘酸っぱい2人だけの大切なプライベート空間に、ふと誰かの刺すような視線を感じる。
目だけそっちの方へ注視すると、コツ、コツ、コツ・・・誰かがこっちへ向かってくるのが分かる。
(...担任の岩本先生だ!...。)
気づくのが早いか、僕は直ぐに起き上がろうとするが、彼女のこの天使のような微笑みを見てしまうと、なかなかどうして力が入らない...。
先生の目は少し驚いたように見開きながらも、少し態と近づいたかと思うと、そのままスゥーと離れていき、何事もなかったかのように立ち去った。
じっと横目で僕を凝視しながら...。
彼女は全く気が付かず、笑いながらもう別の話題に移っている。
・・・翌日――。
先生と挨拶しても岩本先生はまるで何も見ていない素振りを装っていた。
卒業してからも毎年先生とは近況報告を年賀状でやりとりする仲ではあるが、彼女の話を聞かれた事は一度もない。
本屋の帰りに久しぶりのあの時の噴水を見に行く。
店舗が拡張され周りの雰囲気は少しずつ変わってきている。
一瞬道に迷いそうになりながらも、一番奥の扉を開け、噴水の方へ向かった。
向日葵、トルコキキョウ、紫色のダリヤを綺麗にデコレイトした花屋、隣のカフェテラス用にアール・ヌーヴォー様式のテーブルと椅子が目に留まる。
疲れた人が休めるようにベンチも整備され、外套もこの空間にトータルコーディネートされ、なかなか落ち着きがある空間に仕上がっていた。が、お目当ての噴水は取り壊され、当時の面影は微塵もない...。
昔は百貨店の敷地は此処までで、ここが一番端だったはずなのに、横の隣接する大きな更地を整備し、いつの間にかその敷地の一角に"温泉施設"が建設されていた。将来的には繋がるような気配が漂っている。
この建物は日々リニューアルを重ね増殖し、まるで一つの生命体のように進化しているのだ――。
・・・僕はそのまま元来た道を引き返す。
あの時の思い出はそっと胸の奥にしまい、今は新しい"冒険"が始まろうとしている。それで十分だ。
(...僕は、自由だ!...。)




