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人生  作者: yoshi88
:21歳 第三章 無智と無謀の偽善者は、今日も素敵なマスクを被る 
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20.夏季休暇

 暦が変わって気が付くと8月になっていた――。


 今年の最高気温は37度を連日更新し、"暑い"と言う事さえ(はばか)られる。

 そんな連日猛暑の日が続くある日...。


 所長と2人だけの事務所はエアコンの効きも良く快適だ。こういう日はオフィスワークの仕事を選んで良かったとつくづく思う。大通りから少し中に入った場所に事務所がある為、外からの喧噪も聞こえず案外静かだ。


 所長は仕事中あまり喋らないタイプの人なので、聴こえるのはラジオから流れてくる音だけ。


 最近急にアナウンサーの人が変わったので最初は慣れなかった。


 変わった初日。リスナーからのお便りコーナーで、"前の人の声の方が落ち着いていて良かった"みたいなコメントがかなり多く寄せられて、新しく降板した新人女性アナウンサーは、今にも泣きそうなくらい落ち込んでいたが、その後の励ましの応援メッセージで、後半はなんとか持ち直していた。


 余談ではあるが、30年後もこの方は関西のラジオを中心に、ベテランアナウンサーとして最前線で活躍している事を、当時は誰も知る(よし)もない...。


 地球温暖化の所為(せい)らしい――。


「・・・このままいくとその内、夏は40度を超える日が現実となる日も近いかも?特に自動車産業においては、二酸化炭素を排出しない技術開発が叫ばれています...」


  最近ニュースはこの話題で持ちきりだ。


 しかし、僕達は、"自動車"ではなく"自転車"の方で社会に貢献している。エコである。皆が自転車に乗って交通機関を使えば全て解決だ。僕達の仕事も増え、正にWinWinである。


 ・・・そんな事は全く思わないが、


(...この日本でそもそも気温が体温を超えて、40度になるはずがないでしょう?...。)



 "対岸の火事"だと聞き流しながら、それよりももうすぐ始まる「夏季休暇」。何処にいくのかまだ決めていない。


 通常なら何も言わなくても田川君が、


「ヨシ君!ヨシ君!夏休み、何処か行こうよ?」


 って言って来るはずだが、残念、彼は今年沖縄に帰るらしい...。


 僕も祖先は同じ沖縄なのに、まだ一度も沖縄には行った事がない。


 何時かは・・・と、何時も思っているが、貯金が心許ない状況では沖縄に行っている場合ではない。そういう南国リゾート地は彼女と行く場所である...。


 通勤時に見る電車の中吊りや新聞に挟まっている広告を見ても、


(...面白そうだな...。)


 と、思う場所は夏季休暇金額で、何処を見ても宿の金額が一泊1万5千円近くになっており、交通費を含めると高すぎて泊まる気になれない。


 素泊まりの駅に近いビジネスホテルはまだ安いが、折角(せっかく)行くのだから旅館のような情緒ある雰囲気の場所に憧れる...。


 ・・・じりじり突き刺す焼けつく太陽光をさわさわと森の緑が遮る――。


 ここでは蝉が鳴く声もそよ風のように聞こえ、もう少し耳を澄ませるとチョロチョロと水の流れが聞こえてきくる...。


(...何だろう?...。)


 その音がする方へゆっくり近づいてゆくと、どうやら森の中に清らかな小川が流れているようだ。


 水面近くの木々に日差しが反射し、少し青緑がかった色彩が、この場の雰囲気に一服の涼をもたらし、常日頃から都会の満員電車に揺られている身体に、瑞々しい息吹を与え、


(...来て良かった...。)


 と、感じずにはいられない――。


(...・・・みたいな感じの処に泊まりたい、否、絶対探す!...。)


 沢山のチラシの中を虱潰(しらみつぶ)し探して見たものの、


「おっ!」


 と、思うような宿はどれも高く、とても泊まれそうもない。


(...温泉は諦めよう。次の機会にとっておこう...。)


 温泉を諦め、そもそも何処に行くかも決まってはいないが、


(...取り敢えず西の方へ行ってみるかな?・・・でも九州までは行かない。お金も掛かるし、"広島"か"岡山"あたりなら良いかも?...。)


  取り敢えず旅の気分が味わえたら何処でも良い。温泉がなくとも宿はビジネスホテル以外が良い...。


 ――散々探してみたものの、全く手掛かりはなかった...。


(...こういうのを簡単に調べる方法ってないかな?誰か賢い人が、作ってくれたら良いのに...。)


「・・・だめだ。やめ、やめ、僕は何処も行きません!」


 完全に詰んでしまった僕は、台所で湯を沸かし、ネスカフェゴールドブレンドを自分専用のマグカップに2杯入れた。


 震災の時水屋(みずや)が倒れて、全て食器が粉々に割れて以来、我が家ではお客様用カップ、つまり通常使っていけない食器のたぐいは無い。


 どうせ壊れる時は壊れてしまうからだ。


 小さめの鍋からぼこぼこと気泡が湧き出す。直ぐに火を止めて、シュッシュッという音を立てながら湯がカップに注がれる。香ばしい匂いがカップの周りに広がってきた。


 冷蔵庫から牛乳を出し、そこに数滴注いだ。珈琲の黒さと牛乳のか細い白いラインが渦を巻いて混ざり合う。


 僕はスプーンを絶対に使わない――。


 この混ざり合っている瞬間素早く飲むのが大好きで、完全に混ざり合っている状態はあまり好まない。

 人前でそんなマニアックな話は絶対にしない。神経質な奴だと思われたくないからだ。でも、これが一番美味しい飲み方だと確信している。


 キッチンのテーブル椅子に腰掛け、一口啜っていると、なぜか電話帳の近くにあるチラシにふと目が留まった。


(...ユースホステル?...。)


(...ユース"ホテル"ではなく、ホステル?とは・・・何だ?...。)


 なんだか良く分からないチラシだが、"素泊まり3700円"。


(...安い!安すぎる!...。)


 あまりの衝撃的な金額に珈琲を飲むのも忘れ、僕はそのチラシから目が離せなかった。

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