19.極秘任務
・・・「ヨシ君がいいなら、...僕は大丈夫だから...」
(...その言い方はなんだか変な勘違いをさせられそうだぞ!...。)
と思いつつも、開演時間は迫ってくる...。
上演を待ち侘びた人混みの中に、ある一組のカップルにふと目が留まった。
「ポップコーン買ってきたよ!」
「有難う...」
楽しそうな会話を聞いていると、ふとある考えが閃いた――。
「僕と田川君が別々に並んで、彼女がポップコーンを買いに行っているのを、あたかも待っている風を装う作戦、略して"彼女まだかな?作戦"は、どうかな・・・」
田川君に告げると、
「おっけー!」
(...ハイ、田川君のおっけー、頂きました!...。)
心の中でガッツポーズをしながら、精算機でチケットを発券し、誰にも気づかれないような自然な素振りで素早く僕が田川君にチケットを差し出すと、田川君は微笑みながら素早く受け取った。
(...その微笑み、何?...。)
別々に分かれて僕達は群衆の中に溶け込んだ。
田川君は僕よりも6組後ろで帽子をやや深めに被って、いかにも連れの彼女を待っている風を装っている。
(...上手いじゃん!...。)
つい、日頃使わない東京弁を心の中で言ってしまった自分を恥じつつも僕は通勤中に読んでいる東野圭吾の推理小説をパラパラ捲って、時々腕時計を見ながら、彼女がお手洗いから帰って来るのを待っている風を装った。
時々後ろの方にいる田川君を確認する事も忘れない...。
東野圭吾は最近僕が推している作家だ。
フィクションの中に少しずつノンフィクションを混ぜ合わせ、その物語の中にあたかも人間臭いリアルを垣間見せる手法は、読むものの琴線にぐいぐい訴えかけてくるものがある。
丁度主人公がこの物語の真相に迫る白熱した描写に僕は、今自分が取り組んでいる"役"もすかっり忘れて小説に没頭し始めていた...。
・・・「ヨシ君!ヨシ君!」
一人の世界に漂っている僕を後ろから追いついてきた田川君の声で直ぐ我に返る。
(...やっちまった...。)
折角の田川君の名演技を台無しにして、結局2人して受付の人にチケットを渡し、僕達は仲良く館内に入って行った。
一番見やすい劇場を中心として60度以内、自分達の前面に人がいない場所で前後の席を分かつ通路の直ぐ後ろの席なら足を思いっきり伸ばせる――。
そう思っていたがこの映画は人気で前売り予約でも中々良い席は選べず、結局は真ん中近くではあるもののやや右より、後ろから6列目の中途半端にほどほど良い席に落ち着いた。
主演はレオナルド・ディカプリオ。・・・日本人とは骨格が違うのか豪華客船タイタニック号にぴったりの雰囲気の主人公、ローズ役のケイト・ウィンスレットも美しく、僕より1歳下らしいが圧倒的なオーラがある。
一期一会の出会いの中でクライマックスの氷山との衝突、避けがたい運命や絶体絶命の状況に追い込まれた時、"一体自分は何を選択するのか?"その問いかけに心を揺さぶられない人はいないはずだ。
・・・ちらりと田川君の横顔を見る。
(...・・・泣いている?いや泣いてはいない、泣いてはいないが、・・・僕もそんな感じだ...。)
なんだろう、感動している自分と、"どうしてこの映画を田川君と見ているのか?"という少しの後悔が、カフェラテをかき混ぜた時のような複雑で少し甘く、そしてほろ苦い、なんとも表現し難い気分になってくる。
・・・見終わった...。
僕は下りのエスカレータに乗って余韻を噛みしめる。
映画を観終わった後はなるべくエレベータには乗らない。折角の余韻が帰りの満員で狭い空間の中で冷めてしまうからだ。
「それじゃ、また月曜日」
「うん、じゃぁね」
僕達はそこで別れた。
見終わった後の感想はお互い胸の内に仕舞い込み家路に着く。
(...多分、この映画と今日、田川君と一緒に観た事は生涯忘れない記憶になるだろう...。)
なんだか分かない気持ちがふつふつと込み上げてくる。でも...なんとなく自分には確信があった。
――阪急百貨店を出てJRの方へ向かう。
雨がぱらついてきた。
少し大きめの雨粒だ。
傘は持っていない。
そういえば今朝の天気予報で夕方から雨になると言っていた。
(...いつか映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」の世界のように、数分後の天気予報が分かる時代が来るのかな?...。)
横断歩道が青になる――。
(...・・・まぁ、自分が生きている時に実現しているといいな...。)
足早に僕は大阪駅に向かって走り出していた。




