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人生  作者: yoshi88
:21歳 第三章 無智と無謀の偽善者は、今日も素敵なマスクを被る 
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5.田川君との出会い

 ・・・肥後橋駅で下車し、僕は今日からお世話になる吉田建築研究事務所へ足早に急ぐ――。


 駅を降りると大きな桜の木が満開で、風に巻かれた花びらが僕の頭上や肩にそっと降り注いだ。まるで僕の就職を祝福してくれているようだ。4月生まれにとってやはり桜は特別な感情がある...。


 事務所の2階に上がって早速高橋さんに挨拶すると、高橋さんは奥にいる社長を呼んで来てくれた。


「仕事場は3階だから」


 社長と一緒に3階へ上がる。皆んなに紹介してくれるようだ。



 社員は全員で僕を含め8名。これが多いか、少ない人数かは今の僕には分からない。女性はやはり面接時にお茶を淹れてくれた高橋さんだけだった...。


 2階は高橋さんと社長。3階の2部屋の内、手前の部屋を僕と所長、残りの4名は奥の部屋らしい。平均年齢40~50歳の中に1人だけ僕と同じような若手がいた。田川君だ――。


 田川君は仕事中真面目で何時もニコニコしている物静かな好青年である。


 彼は僕より年齢は1歳年上。沖縄工業高等専門学校、高専の出身で、大卒ではないが中学校を卒業して5年間専門的な勉強を修得し、僕より1年先に就職したらしい。 


 彼は僕よりも遥かに高速なスピードでCADを駆使して図面を引いていた。僕も先祖は同じ沖縄出身という事もあり、沖縄には電車が存在しないので最初電車の乗り方が分かなかった"沖縄あるある"の話しをしながら僕達は直ぐに打ち解けた。


 ――早速自分の席を見せてもらい、Windows95の電源を入れる。


(...僕も早く仕事を覚え、2級1級と資格を取得し、ゆくゆくは独立して建築事務所を構える。そして、マンションや戸建て住宅をデザインして建築雑誌に載るような有名建築家になるんだ!...。)


 意気揚々としてパソコンの電源を立ち上げている時、所長から、


「我々の主な仕事内容は知ってると思うけど、"駅前の自転車駐輪場の設計"であまり面白味の無いような仕事だけど大丈夫?」


 と、一言。


 企業面接を受ける時電話で対応してくれた所長が、僕に言ってた内容とは全く違う"自転車駐輪場の設計?"と言う仕事内容にびっくりして、僕は耳を疑った。


 ――カタカタカタ・・・目の前のモニターは静かにWindows95の起動時の挙動を繰り返す。何度も何度も真っ黒な画面になったり、明るくなったりしながらゆっくりと...。


 僕の気持ちも...。


(...いや、確かマンションの設計をしているって言ってたよなぁ?...。)


「所長、確か"マンションの設計"をしていると、仰ってませんでしたか?」


「あぁ、それは小林君が偶々個人的な知り合い方から請けているマンションの改修工事の案件で、小林君しかやってないよ。それももうすぐ終わるみたいだよ。」


 にこにこしながら、笑顔で答えてくれる所長...。


 ・・・5分後、やっとWindows95の扉は開いたが、僕の心の扉は完全にフリーズしてしまった。青天の霹靂である...。


 確かに就職氷河期時代に良い就職先を見つける事は"暗闇で針に糸を通す"程困難であるのは分かっていた。・・・世間知らずだった事も認めるとして、100歩譲っても、"自分がしたい仕事内容"と完全にずれている仕事内容に僕の気持ちは完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。


 大学受験の失敗、阪神淡路大震災による価値観の喪失...。人生3度目のショッキングな出来事に、僕は所長に二の句が継げない...。


 ――所長と僕だけの静かな部屋で、ラジオからは陽気なアナウンサーの声が流れてくる...。


「・・・次のリクエスト曲は中島みゆき、時代」



 今はこんなに悲しくて

 涙もかれ果てて

 もう二度と笑顔には

 なれそうもないけど・・・


[出典:作詞者名 中島みゆき 曲名:時代]

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