3.僕に出来ること
扉が閉まったのは良いが僕が引き寄せた所為で、僕と「眼鏡っ娘」は図らずとも密着状態になった...。
首元から耳まで真っ赤になって恥じらう「眼鏡っ娘」から、石鹸のような香水の香りが仄かに漂う。・・・その匂いにくらくらしながらも、僕は今、自分が仕出かした事に驚いた。バクバクする心臓の音を隠そうと、必死に何度も何度もゆっくり深呼吸を繰り返す。
これ以上密着しないように、必死に扉の壁から「眼鏡っ娘」と僕の間に数センチの隙間を確保する...。
(...無駄な抵抗かも知れないが、"これ以上は近づくまい!"...。)
できる限り紳士な気持ちを奮い起こす、大阪駅まであと7分――。
押し寄せる"人壁"から彼女を守ろうとした。
程なく車窓からはシャープ本社が見えてくる。
少し空間が出来て、気持ちに余裕が出てきた僕に、なぜか「眼鏡っ娘」の方からそっと体を預けてきた・・・。不意な出来事に僕の心臓は「ビクッ」と跳ね上がるが、構わず彼女が重みをずしりと伝えてくる。女性特有の柔らかい素肌は僕の全神経を逆撫でし、ぞわぞわぞわっと鳥肌が立つ。
(...心臓の音を彼女に聴かれてる...。)
どっと変な汗が背中に流れる...。
(...きっと僕の汗の匂いも伝わっている...。)
ふと下を見ると「眼鏡っ娘」の胸元を凝視してしまいそうになり、思わず直ぐにまた上を向いた!
もうドキドキする心音を隠そうともせず嬉しいやら恥ずかしいやら...。
(...早く大阪駅に着いてくれ!...。)
天に祈った――。
・・・「大阪!大阪!」
やっと電車のアナウンスが流れる。降りる方向は乗った時の反対側だ。
結局最後まで彼女は僕の胸にぴったりと密着し、離れようとはしなかった。この"奇跡の出会い"を名残り惜しむように僕は無言で出口へ向かう。
乗車口が開くや否や狭い出入口を目指して、皆が一斉に外へ出ようとする――。
僕達もその流れに逆らず扉付近まで来た時事件が起こった。
僕の前にいた「眼鏡っ娘」の左足のハイヒールが脱げてしまったのだ!
ハイヒールは乗車口とホームとの10cmもないくらいの隙間にすっと吸い込まれそのまま見えなくなった...。
後ろからはどんどん人が押し寄せ、そのあと今度は列車に搭乗する人波にもみくちゃにされながらも、僕はその場に留まった。
「ピピピピピー!」
慌ただしい喧噪の中で、気づいた時には誰も居なくなったプラットフォームで、顔を真っ赤にしながら今にも泣きだしそうな「眼鏡っ娘」が一人、呆然と佇んでいる。無論、左足には何も履いていない...。
「ちょっと此処で待っていて、駅員を探して来るから!」
さっきまでの気恥ずかしい気持ちが嘘のように、僕は彼女の両手をしっかり握り安心させようと必死だった。
返事も聞かず「眼鏡っ娘」に背を向け、僕はホームの先端の方へ全速力で駆けだした――。
朝の混雑の中、人と人の間を擦り抜け時々ぶつかりながらも走るのを止めなかった。
「アニメでも現実でも、眼鏡っ娘は天然キャラだなぁ」
と、自信に訪れたこの最悪の危機的状況の中で、変な笑いが込み上げてくる。
・・・かなり前方に一人の駅員を発見!その間にも慌ただしく次の列車は到着する。
駅員は満員列車に更に乗客を乗せようと必死で後ろから詰め込む。
僕は、列車の扉が閉まるのを待って駅員にこれまでの経緯を伝え、一緒に来て欲しいと必死に訴えた。が、駅員は忙しそうに、
「中央改札口の駅の案内係の方へ行って、相談して下さい」
全く取り合ってくれない...。
(...この広い大阪駅の"案内係の場所"に辿り着くには、一体どれくらいの時間が掛かる?・・・それから、ホームの下に落下したハイヒールを拾うのに、どれくらい待たされるのだろう...。)
途方に暮れながら、
(...今日は完全に遅刻だな...。)
僕はまた彼女の居る方へ引き返す。
(...仕方がないなぁ...。)
と、ある決意を密かに固めながら...。




