11.あなたのもとに(その2)
両親は放任主義で、
「家が汚くなるから捨ててきなさい!」
とは一度も言われた事はない。
裕福ではないが金が掛からないなら興味があるものは基本的に何でも許してくれた。
僕が小学校高学年にもなると、いよいよ崩れかかった土壁と敷居部分にも隙間が生じ、そこから蟻が部屋に侵入してくるようになる。それを食い止める為、必死に土壁と敷居の間を全てセロハンテープで塞ぐ...。相手はなかなか手強く、畳の上で仮寝でもしようものなら、僕のシャツの中には数匹の蟻が侵入し、身体を擽り出す。"蟻戦争"の勃発だ。
こんな家でも結婚し、一人で佐賀県の田舎からやってきた母親は、自宅の廊下に貼られた看板に書いてある「高級文化住宅」と言う文字を信じ込み、親戚からの電話に、
「高級文化住宅に住んでる」
と良く話していた...。
・・・ある日クラスメイトで金持ちの友達が僕の家を見て、
「まぁまぁ大きいやん」
一瞬びっくりしたが、その友達は1階、2階合計8軒、全て僕の一つの自宅だと思ったらしく、あとで納得した。幼馴染以外絶対に見せたくない僕の唯一の弱点。
――中学1年、転校する最後の日・・・。
僕へのサプライズとしてクラスメイトの数人が自宅へ訪ねて来た。その中の一人に咲もいる...。
クラスメイトからはアニメの玩具やハンカチを貰った。咲からは大人びいているデザインの黒いお洒落な皮素材の筆箱。
(...咲...。)
何時も笑顔しか見た事がない咲の泣き顔を僕は初めて見た...。
自宅を見られてしまった羞恥心よりも、自分ではどうする事も出来ない、"抗えない運命"に為す術もなく、
「...ありがとう、・・・向こうへ行っても、手紙・・・書くよ」
と、それだけで、精一杯だ...。
――転校先の千葉の中学校は遠い...。
学校区から僕の家は一番離れており、片道約5km。途中坂になっている道を毎日毎日通う。
学業のレベルも高く、特に「英語」は僕が関西で習っている部分よりも2か月くらい先に進んでおり、何を言っているのかさっぱり分からず、初めて挫折感に苛まれ、その上、「関西弁」は半分くらいしか通じず、普通に喋っている言葉も笑われ、揶揄われた。
「いじめ」ではないが、少しずつ自分らしさを失い、最近は、段々クラスでも目立たなくなっていくのを感じる...。
両親に頼んで僕は学校の倶楽部活動はせず、関西でも続けていたスイミングスクールに通う事にした。学校ではあまり面白い事がなかった僕は週6日、毎日スイミングスクールに通い、気がつけば一番上の「選手コース」になってゆく――。
水泳の費用は全額免除されたが、その代わり朝練を義務付けられた...。
毎朝5時に起床してスイミングスクールで泳いでそのまま学校に登校、それが終わるとまた夜の練習を続けるような水泳中心の生活に。
(...こんな生活を続けていたら、いつか指の指紋がなくなってしまう...。)
そんな学校生活に馴染めていない僕を見かねて、担任の先生が、
「今度の文化祭で先生と生徒が協力して行う演劇があるけど、まだ役者が決まっていない。・・・やってみないか?」
・・・取り敢えず、僕は先生の申し出を受け入れた...。




