第2話 消えない烙印
三人が汗を流し、小さな拳を突き出していたその時、無機質な電子ロックの解除音が部屋に響き渡った。
昨日と同じ、感情の読み取れない白衣の男たちが、無造作にプラスチックのトレーを三つ、備え付けのテーブルに置いていく。
そこに載っていたのは、お世辞にも美味しそうとは言えない、色の薄い粥のようなものと、パサついた一切れのパンだった。
けれど、昨夜から何も食べていない七歳の子供たちにとって、それは生きるために胃に流し込まなければならない唯一の手段だった。三人は黙り込み、ただ空腹を埋めるためだけに、その味のしない食事を口に運んだ。
食事が終わるのを見計らったように、一人の研究員が冷徹な声を出す。
「今からお前たちの魔力総量を計測する。計測室へ行くため、各自、用意された服に着替えろ。……右腕の確認も忘れるな」
研究員の言葉に、ヒイロが自分の右腕に目を落とした。そこには、昨日まではなかったはずの、禍々しい黒い印字が刻まれていた。手首の内側。皮膚のすぐ下に染み込んだような、無機質なバーコードと数字。
「……なに、これ。擦っても落ちないよ……?」
ルナが震える指で自分の手首をこするが、黒い数字は無情にもそこにとどまり続けている。イヴも自分の腕に刻まれた「03」という数字を見つめ、顔を青ざめさせた。
「そのバーコードは、お前たちを識別するためのものだ。この施設内のロッカーや備品の管理にも使われている。……自分の番号以外のものは開けられないようになっているからな」
研究員が指し示した先には、壁に埋め込まれた三つの小さなロッカーがあった。
ヒイロが不機嫌そうに歩み寄り、試しに「02」と書かれたロッカーに手を掛けるが、赤いランプが点滅し扉はびくともしない。次に自分の番号である「01」のロッカーに右腕のバーコードをかざすと、カチリと乾いた音を立ててロックが外れた。
自分たちが人間ではなく、登録された「物品」に成り下がったことを示す、消えない烙印。
ルナとイヴの顔が恐怖で強張っていく中、ヒイロだけは違った。彼はムスッとした顔のまま、ロッカーから取り出した服を乱暴に掴むと、自分たちを材料のように見下ろす研究員を真正面から睨み返した。
「……おい、おじさん。俺の兄ちゃんが来たら、そんな顔してらんねえぞ」
研究員はヒイロの言葉を鼻で笑い、相手にすらしない。
「着替えろ。五分後に出発だ」
冷たく言い捨てて研究員が背を向けると、ヒイロはチッと舌打ちをして、震えているルナとイヴの方を振り返った。
「……着替えるんだ。大丈夫、兄ちゃんが助けに来る」
右腕に刻まれた、自由を奪うためのバーコード。ヒイロはその痛々しい刻印を誰よりも先に袖の奥へ隠し、震える二人を促して、真っ白な廊下へと足を踏み出した。
ヒイロに促されるようにして、イヴとルナも震える手で着替えを終えた。
三人が新しい服に袖を通すと同時に、再び電子ロックが外れる音が響く。迎えに来た研究員の先導で、彼らは逃げ場の無い白い廊下を、まるで出荷される荷物のように無機質に歩かされ、辿り着いたのは、天井を埋め尽くすほどの配線と、見たこともない巨大な機械が鎮座する異様な部屋だった。
部屋の中央には、直立した透明なカプセルが三つ。
「被検体01から03、到着しました」
研究員の報告に、医者のような白衣を纏った冷徹な女性が振り返った。彼女は手元の端末から目を離さぬまま、顎でカプセルを指し示す。
「各自、自分の番号のカプセルに入りなさい。……泣いても無駄よ。これはあなたたちの『価値』を測るための手順なのだから」
逃げ場はなかった。
無理やり押し込まれたカプセルの内部では、瞬時に手足が冷たい金属輪で固定された。ヒイロは最後の一瞬まで女性を鋭く睨みつけていたが、重厚な強化ガラスの扉が無慈悲に閉まると、外の音は完全に遮断された。
研究員の手が、コンソールのレバーを静かに押し下げる。
「魔力伝導率、最大。……照射」
次の瞬間、三人の視界は真っ白に弾け飛んだ。
「あ、ぁ……っ!!」
カプセル内部に激しい電流が走り、七歳の小さな体を容赦なく焼き焦がすような衝撃が貫いた。魔力回路を強制的にこじ開けるための、拷問にも等しい過負荷。
「ぎゃあああああああ!!」
「いやだ! いたい! いたいよぉ!!」
ルナとイヴの絶叫が、狭いカプセルの中で反響する。
どんなに拳を振るう練習をしても、どんなに「兄ちゃんが来る」と信じても、この理不尽な痛みには抗えない。ヒイロもまた、喉が千切れるほどの悲鳴を上げた。
視界がチカチカと点滅し、意識が遠のきそうになる。それでも、彼は歪んだ視界の端で、隣のカプセルで泣き叫ぶ二人を見ようとした。
(……に、げ……っ……!)
けれど、言葉は声にならない。
七歳の彼らが初めて味わったのは、自由への希望ではなく、身体を内側から破壊されるような凄絶な痛みだった。




