14 殺し合ってくれたら
クロイツの姿が異様であることはクリフォードにもわかっていた。
先ほどと同じように敵対していたとしても、それが異質であることは見て取れる。本心からの敵意や殺意より、外部から吹き込まれた何かが勝っている。近いのはレヴァナント。しかし、レヴァナントと違うのはクロイツが吸血鬼としてであっても生きていること。銃弾で撃ち抜いても再生したことが何よりの証拠だった。
「逃げるしかない。彼も多分操られている」
アディナはそう言ってライオネルの手首をつかむ。
「離せよ! 殺されたいのか!?」
「今はそんなことを言っている暇などない」
アディナは淡々とした口調で言う。その手を振り払うにしても、アディナの力はライオネルが思うより強かった。
そんな中で、クリフォードは再びクロイツに銃口を向けて引き金を引く。
クロイツの体に何発もの銃弾が命中し、彼は血を流す。再生しきっていない体はさらに多くの傷を負うのだった。
クリフォードは踵を返し、アディナとライオネルを追いかける。足止めをしていたとはいえ、はぐれるのは得策ではない。
クロイツから逃げてフロアを歩き回っていると。廊下の向こう側に2人の男女――ユーリーとブリトニーが現れた。
その瞬間――
「てめえ、ユーリー・クライネフ! 悪評ならこの刑務所ン中にも届いてるぜ!」
ライオネルはイデアを展開し、ユーリーを殺さんと攻撃を放とうとしていた。だが。
「やめなさい。彼はべつにあなたに対して悪いことはしない。悪評は確かにあるようだけど」
アディナはライオネルの手首を強く握り、さらに彼の前に土壁を作り上げる。これでライオネルはユーリーを攻撃することもできなくなった。
「悪評か。それについて弁解するつもりはない」
と、ユーリー。
ふと、クリフォードはユーリーが斧を持っていないことに気づく。クリフォードが持っていたアサルトライフルならばアディナが手渡したのだが。
「なあ、ユーリー。斧はどこいったんだ?」
「いや、それはわからない。本当に誰が……それより、あんた達の状況を教えてくれないか? 特にアディナ」
ユーリーはアディナの方を見る。彼女とともにいる青年――ライオネルの事情もよくわからない。
「ええ。青い髪の吸血鬼……クロイツ・ゴソウに襲われて、逃げてきたところ。それで、どうやら彼はクロイツと関係あるみたい。そうなんでしょ?」
アディナはライオネルの方を見た。
「そうだよ。でもボスはおかしかったんだよな。仲間のはずの俺を殺そうとしてな。ったく、何がどうなってんだ?」
「おそらく操られていると思う。ストリート・ギャングにも操られていたような人がいたくらいだから」
アディナはそう付け加えた。
そして。ユーリーは明らかに表情を変えた。
――俺は人を操る力を持った人を知っている。そいつ……ヘザー・レーヴィはこの刑務所に時々出入りしていた。今ここにいてもおかしくはない。まさか――
ユーリーはおもむろに上を向いた。その人物――ヘザーは確かにここにいた。刑務所の天井の梁から5人を見下ろして。彼は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
「おい、ヘザー。人を操るのはお前の本領だったよな? ったく、裏からコソコソと、事態を動かすのが上手すぎるぜ」
ユーリーは言う。
「へへ、褒められちゃった? いや、まあ裏切者相手には褒められて手加減することもないんだけど。君たちが殺し合ってくれたらボクとしても最高なんだよね」
ヘザーの周囲にピンク色の霧が現れたと思えば、それは少しずつ薔薇の形を描くようになる。薔薇は狂気を下す。人を狂わせる。
「させるかよ。これで狂わないことはそれとなくわかるぜ!」
ヘザーが薔薇を描くと同時に、ブリトニーは電磁波を放つ。ヘザーの攻撃がこちら側に及ばぬように。正反対の性質のものをぶつけることでヘザーの攻撃を打ち消すように――
薔薇の形は一瞬にして消え去った。
「やんの?」
ブリトニーがそう言ったとき。ヘザーはぎりり、と歯ぎしりし。
「ざっけんじゃねえ、このブス! なんでお前は何度もボクの前に出てくるんだよ! 死ねよ!」
この一瞬でヘザーは冷静さを失っていた。ブリトニーはそれに気づき、彼の隙をついて見えざる電磁波を放つ。
その攻撃にも気づかなかったヘザーは己の体温の変化で攻撃を自覚する。だが、それはもう手遅れだった。
ヘザーの身体が燃え爆ぜる。着飾っていた彼の体は無惨にも熱で融かされ、衣服もろとも燃やされてゆく。やがて、ヘザーは己の身体を支える力さえも失い、その骸はどさりと刑務所の床に叩きつけられた。
「あんたの暗躍も終わりだ。ったく、胸糞悪いよ。そうだろ、ユーリー」
やけに冷めたような顔で呟くブリトニー。
「言われてみればそうだな……正直なところヘザーを見た瞬間、あの能力でぶっ殺してやろうかと思った」
ユーリーはそう答えた。
焼死体とも言えない、ドロドロに融けた塊は何も喋らない。
裏側から町そのものをも揺るがし、混乱を招いた者の最期がこれだ。ユーリーは不思議と彼に対して憐憫の情が湧かなかった。
「他人に影響を及ぼす系統のイデアは使い手が死ねば解除されることが多い。もしかしたらクロイツも――」
と、アディナは呟く。
「行かせろ。じゃねえと、お前ら全員ぶっ殺す」
ライオネルはアディナに手首を握られたまま言った。
「ええ。私たちに何もしないのであれば。もし何かしたのなら、4人でどんな手を使ってもお前を殺す。いいね?」
「……そりゃナシだろ。わかったわかった、今は何もしない」
と、答えるライオネル。
アディナは手を離し、呟いた。
「行きな。彼に会いたいのならね」