13 無事でよかった
それは突然のことだった。
ブリトニーがフロアをうろついているとき、背後でユーリーの声がしたのだった。
「ブリトニー……」
ブリトニーはそれに驚いたように後ろを向く。やはりその声の主はユーリーで、彼はブリトニーの背後に立っていた。
「あ、いたんだ。いや、斧とか銃が落ちててさ。何事かと思ったんだけど」
と、ブリトニー。
「俺も何が起きたかわからねえ。人間の姿じゃなくなったのは確かだったが、気が付いたらもとに戻っていた。本当に何があった……? むしろ俺が聞きたいところだ」
ユーリーも言う。
「へえ。私だってよくわかんないんだけど。でも、無事でよかった。で、あいつは? クリフォードは? 私、そいつだけ見ていないんだけど」
ブリトニーは言う。
実際、ユーリーもあの時――彼自身がネズミの姿にされたときに見失っていた。人間の姿になった後も、未だその姿を見つけていない。クリフォードはどこに行ったのか――
「すまない。俺もわからない」
「そうかよ。だったらアディナと合流するかね。この後、ゲオルドとマルセルも来るはずだぜ。これで、晴れて対策チーム再結成ってわけだ」
ブリトニーはそう言って微笑んだ。
ユーリーはブリトニーに案内されるようにして、アディナのところに向かう。ブリトニー曰く、アディナは同じフロアにいるとのことで。
「何事もなかったらいいんだがな」
と、ブリトニーは呟いた。
――人間の手になっている。目線も高くなっている。地面をはいくつばるような姿勢ではなく直立したような。
クリフォードも人間に戻ったらしい。そんな彼を見て驚いたのはアディナだった。
「ネズミが人間になるようなことが……しかもなんでクリフォードの姿なの」
アディナは至って冷静な声で、しかしどこか動揺した様子で言った。彼女が持っているのはクリフォードのアサルトライフル。彼女はどこでそれを拾ったのだろう。
「いや、俺はクリフォードだぞ。さっきまでネズミにされていたみたいだが。ところで、ユーリーを見てないか? グランツでもいい。気がついたらはぐれていたみたいだ」
「見ていない。それに私もブリトニーも今来たところなのだけど」
アディナは怪訝な様子でクリフォードを見る。
ひょっとすると、クリフォードの姿を偽る何者かではないのかと。
「それで、クリフォード。今ここであなたの能力を出してみて。あなたがあなたじゃないのなら、解毒剤の能力を出せるはずがない」
アディナはクリフォードの目を見てそう言った。
「疑うんだな。まあ無理もないか。俺もユーリーも離脱していた身だからな」
と、クリフォード。彼の周りに展開されるのは白色の弾丸のようなもの。そこから放たれるのは毒を消すような気配――ユーリーの能力を食い止めうるもの。
アディナはそれを見て、初めて警戒心を手放した――いや
「疑ってごめんなさい。こんな状況だったから――」
アディナの警戒心はクリフォードではない何かに向いていた。この近くにいるのはおそらく囚人。その囚人といえば。アディははアサルトライフルをクリフォードに手渡すと、その気配の方向を向いた。
柱の陰から現れたのは紫髪の青年、ライオネル。彼はその周囲に紫色のイデアを展開し、その一部がアディナに向かって飛んでくる。
カン、という音。アディナが地面にその脚を叩きつければ地面は盛り上がる。ライオネルの能力は防がれた。
「何のつもり? プリズン・ギャングなの?」
土壁の隙間から見えるのはライオネルの姿。化粧の濃いすらりとした青年は、隙あらば再び攻撃せんとしていた。
「そりゃ、俺に答えられることじゃないな。ボスはこのフロアに来る部外者を殺せと言っていたとまでは言えるか」
向けられたのは殺意。アディナもクリフォードもそれ自体は覚悟していた。
次の瞬間、アディナもクリフォードもライオネルも予想だにしなかったことが起きる。
それは、ライオネルがこの世で最も信頼する人物。赤い瞳を光らせた男は真っ先にライオネルに狙いを定め――
――ボス……!?
ライオネルは目を見開き、ここで起きている事実を否定しようとした。だが、それは紛れもなく現実。彼は。クロイツ・ゴソウは味方であるライオネルに牙をむいた。
「何が起きているの……」
アディナは声を漏らした。
そんな中でも、ライオネルは彼自身の能力――変形する紫色の巨大な細胞の塊でクロイツの攻撃を防ぐ。すると、細胞の塊は部分的に変性し、黒くなってその場に散った。
クロイツは攻撃の手をゆるめず、今度はライオネルの身体に触れようとした。己の能力――ではなく、呪われた錬金術師たる原因――その錬金術でライオネルを殺さんと。
血液を毒に変えてしまえば、人は容易く死に至る。
「ボス……何が……!?」
ライオネルは動揺し、呟いた。
ライオネルの目の前にいるクロイツの目は虚ろだった。それだけではなく、服装もこの場所を去るときとは異なっていた。囚人が着るような粗末な服ではなく、真新しいそれなりの値段がするであろう服。
その様子を見たクリフォードは、すぐさま銃口をクロイツに向けた。
「ぼ……ボスに何をする気だ!」
と、ライオネル。クロイツはそのようなことなど気にするつもりもない。
「うるせえ! お前には関係ねえ!」
クリフォードがアサルトライフルの照準を定める。
クロイツの手がライオネルに迫る。
銃声。
クロイツの手首が吹っ飛ばされる。
――危なかった……!? ライオネルは驚き、目を白黒させた。
信頼していたクロイツが攻撃してきたこと。一度は敵だと認識したクリフォードがクロイツの手首を吹っ飛ばし、ライオネルを救ったこと。
因果関係、すべてがわからなかった。
――ここで何が起きている?
ライオネルが戸惑っている間にも、クロイツは何発もの弾丸で撃ち抜かれる。
「ボス! やめろ……ボスを殺すな……!」
ライオネルの悲痛な叫び。撃ち抜かれるクロイツを目の前にして。ライオネルはもはや正気ではなかった。
そんなライオネルを見かねて。
「死にたければそこにいなさい。生きていたいのであれば、離れなさい。離れないとすれば、2人まとめて殺す。離れたらどちらにも生きるチャンスはあると思いなさいな」
クリフォードの傍らで、アディナは言った。
ライオネルは渋々クロイツから離れる。
その瞬間、弾丸の嵐。クリフォードはクロイツが吸血鬼であることを知っており――
「やめろ!」
「どうせこいつは銃弾程度では死なねえんだよ!」
クリフォードは叫ぶ。
無惨にもクロイツの血が辺りに飛び散り、付近に血だまりができる。もはやライオネルはその様子を直視できなかった。
だが、そんな血だまりの中で。クロイツは確かにこう言った。
「俺に……かまうな。お前だけは、生きろ」
――何を考えているのかもわからない。だが、ライオネルだけは殺したくない。もしライオネルが逃げるのであれば、それでいい。もしできないのなら……。誰か俺を殺してくれ。




