11 滅びを見届けるために
建物から飛び降りる少年――ダリル。彼の姿を見るなりアディナはバイクを止めた。それに続き、ゲオルドもバイクを止める。
「さっきから見張ってて、何のつもりだよ」
ブリトニーは言った。
「何って……物事には言えることと言えないことがあるんですよ」
と、ダリルは答えた。
癪に障る。ブリトニーは「ぎりり」と歯ぎしりした。その後ろからゲオルドが言う。
「彼のしていたことは知らないが、先ほどまで彼の隣にいた男のしていたことならわかる。ストリート・ギャングの中でもひときわ異質な男のようだな」
「もう1人いるってことかよ」
ブリトニーがそう言うと、ゲオルドは頷いた。そして彼は続ける。
「名前はメルヴィン。アディナと同じ肌の色、目の色、髪の色だった。人種で言えば、レムリア大陸でもかなり珍しいんじゃないだろうか」
「メルヴィン……?」
冷静にふるまっていたアディナの表情が硬直する。
呼び起される、忌まわしき過去。かつての彼――アディナの知るメルヴィンという男。異界を去る直前にアディナを辱めた男はメルヴィンではなかったが、その姿を思い出せば自然と恐怖が蘇る。
「顔色が悪いぜ。何か嫌なものでも思い出した?」
ブリトニーはアディナの顔を見て言う。
「ええ。ここでホイホイ言えるようなものではないけれど」
「ったく、無理するんじゃない。あんたはゲオルドたちとこの辺を探ってくれればいい。そいつの相手はあたしがやるから。大丈夫、必ず追いつく」
彼女はすでにダリルと戦う気だった。
きっと彼は見た目に似合わず凶悪な少年だ。ブリトニーの勘がそう叫んでいる。
「もし一般人なら保護することも考えてくれ」
と、ゲオルドは言ってバイクに乗った。
「いや、その必要もないね。屋根の上からあたしらを見張るようなヤツにか弱い一般人なんていると思うか? そりゃ、あたしみたいに戦いに慣れていねえヤツだっているが」
彼女の前で一般人を装うことはあまりにも難しすぎた。ダリルは口を開いた。
「よく見抜きましたね。僕のことを見抜いた時点であなたも同類ですよ」
ダリルの周囲に展開される緑色の物体。ダリルは不敵に笑い、その塊をブリトニーのすぐ近くに向けて放つ。
ブリトニーはそれを躱す。だが、すぐに何も起こるわけではない。今の攻撃はハッタリか、それとも。
ダリルはブリトニーから目をそらさず、近くに捨てられていた空き缶を拾う。そして、それを投げる。空き缶は空中で爆発した。
――なんだこれは? 空き缶が爆弾!?
ブリトニーに爆発の衝撃が伝わる。爆発を直接浴びたわけではなかったが、ブリトニーは体のバランスを崩す。それからほどなくして、地面が爆発する。
砂ぼこりがブリトニーに降りかかる。その様子を静観するダリル。
「そうでした。僕は見ず知らずのあなたを攻撃したわけですが、あなたは何者なのか。正直よくわからないんです。一応言っておきますけど、僕はリーダーのようにユーリー・クライネフに敵意があるわけではないんです。ただ、滅びを見届けるためにここにいるんです」
ダリルはこれ以上ブリトニーに手を出すこともなく、言った。
砂ぼこりが晴れる。砂ぼこりの中から現れたブリトニーは、相変わらずダリルへの敵意を抱いたままだった。
「滅び、か。大層なことを言うじゃねえの。けどねえ、それは結局不幸な現状に酔いしれている。それに過ぎないんじゃねえの?」
ブリトニーは立ち上がると言った。
爆発の衝撃を受けてか、顔にはかすり傷がある。彼女の顔に塗られていた化粧品も少しであるが剥げている。
「黙れよ! 僕の何がわかるんだよ!? どうせ自分のことしか考えていないくせに!」
ダリルは逆上した。彼の神経を逆なでしたブリトニーに当たり散らすよう、彼女の近くの地面に向けて緑色の塊を放つ。
緑色の塊の性質をある程度理解したブリトニーはすぐさまその場から飛びのいた。ダリルの扱う緑色の塊は、それが含まれた物体を爆弾に変える性質を持つ。気弱そうな彼の外見に似合わぬ凶悪な能力だ。
――こいつは一般人か? それともストリート・ギャングとしてひとくくりにすべきか?
1秒後。
ブリトニーの目の前の地面が爆発した。地面の1つのエリアそのものがダイナマイトか何かに変えられたかのように。
明確な怒りと殺意を向けられても、ブリトニーは考え続けることをやめなかった。彼女としても、少年を殺すことは避けたかった。だが、今戦っているダリルは殺すべき人なのか?
砂ぼこりが揺らめいた。
「あなたはどちら側なんだ……!」
ダリルの声とともに、砂ぼこりの向こう側から投げ込まれる空き缶。それもきっと爆弾にされているのだろう。
ブリトニーは飛んでくる空き缶から距離を取る。砂ぼこりが薄れたところから、ダリルの姿が見える。
――あいつ、それほど戦いなれていない……?
ダリルの動きを見ながら、ブリトニーは悟る。砂ぼこりの向こう側にいるダリルはブリトニーよりも経験が少ないのかもしれない。
経験の多い・少ないで考えることはよくない。ブリトニーはそれを理解している。が、今に限ってはそうとも言えない。
これまでブリトニーを苦しめた者たちはストリート・ギャング。誰もが戦いなれているようだったが、ダリルは違う。
「攻撃……してこないんですか?」
と、ダリル。
不愉快な声だとブリトニーは顔をしかめ、右腕を前に突き出す。
「悪いね。苦しめるための攻撃を考えていただけだ」
ブリトニーの展開したイデアが輝きを放つ。
その光は人を直接殺さない。いくら苦しめることはあっても、命を奪うようなことだけはない。
ダリルの体はピクピクと震え、膝から地面に倒れ込んだ。目の焦点はあっておらず、息も荒い。
「……ぁ何をした……」
何かをこらえるような口調でダリルは言った。
「死なずにお前を戦えない状態にしただけだ。ま、お情けってとこか? まだ更生の余地はありそうだからなァ」
ブリトニーはそう言って踵を返す。
「待て……!」
ダリルは緑色の塊を放つ。が、それは彼の狙った方向とは違った場所に飛んでゆく。
「お前、今はまともな方向感覚なくしてるはずだぜ。あとは痛みとかか?」
淡々とした口調だったが、彼女にはほんの少しの優しさが残っていた。
だが、ダリルはそれが許せない。痛む体を引きずり、ブリトニーに向かって再び緑色の塊を放つ。
「だから無駄だっての。諦めが悪いな」
と、ブリトニーは言って振り向くと再び強い光を放った。
光に致死性はない。だが、ダリルを気絶させるには十分だった。
光をまともに受けたダリルは全身の力が抜けたかのように、その場に倒れ伏した。
ブリトニーは何も言うことなく、その場を去る。アディナやゲオルドに追いつくために。