10 ゆっくりと滅びていくだけだ
「ダウンタウンを抜けたところでゲオルドたちと合流する」
アディナはバイクを走らせながら言った。
「了解。それで、刑務所近くが不穏ってことだろ。何が起きているか知ったこっちゃねえがな」
と、ブリトニー。
ダウンタウンは静かだった。先ほどまでストリート・ギャングの青年2人と戦っていたのが嘘のようだ。これもブリトニーがループする前の記憶を保持し、クレヴィックとともにあの2人と戦ったお陰だ。
「それと。イアン・クレヴィックがなぜかこの町に介入してきた。彼の真意はよくわからないのだけど。彼は敵なの?」
「おいおい、所長はあたしがここに来るように頼んだ人だぜ。もし敵だとすりゃあ、あたしがあんたを殺してる」
「そうだよね」
アディナは表情を緩めた。
2人が乗ったバイクはダウンタウンのメインストリートを駆け抜ける。もうすぐゲオルドとマルセルが合流するはずだ。
エンジン音が1つから2つになる。ダウンタウンを抜けたあたりでもう1台のバイクが目に入った。
運転していたのはゲオルド。その後ろにマルセルが乗り、マルセルはリボルバー式の拳銃を持っている。
「このまま刑務所のあるエリアに向かう。こちらでもひと悶着あったが、俺たちは一応無傷。そっちはどうだ?」
「私たちも無事。これから戦えるはず。だけど、本拠にイアン・クレヴィック所長が向かった」
と、アディナ。
「そうか、了解だ。詳細を聞くのは本拠に戻ってからだな」
と、ゲオルドは答えた。
アディナとゲオルドは短く言葉を交わし、ダウンタウンのさらに先のエリアに突入する。
ダリルが見下ろすのは刑務所近く。付近にあった建物の屋根の上から付近の様子を見ている。彼の隣にいる褐色肌の男はメルヴィンだ。傍から見れば2人は良家の子息とチンピラがともに行動しているような、不自然な様子だった。だが、2人は短い間で少しずつではあるが認め合うようになっていた。
「近くを通るのは揃いも揃ってアンデッドですね」
と、ダリルは言った。
「だろうな。俺たちが監視されているってわけだ。社会のはみ出し者としてな」
メルヴィンの言葉――口調はひどくかわいていた。この世の優しさというものをすべて拒絶したようで、それでいて何かを求めているような。
ダリルはメルヴィンという男をもっと知りたいと思うようになっていた。
「そうなんですか……でも、誰もが監視しようとしているわけじゃないと思うんです。あの立場の人だって、苦悩している人がいる。ジャレッドさんって人が説得していた人だって」
ダリルの脳裏にある人物の姿が浮かぶ。顔まで見えていたわけではないが、その髪色はおそらく紫色だったか。シルエットでは彼の体格がよく、筋肉質であることがわかる。低い声で交わされていた会話は今でも覚えている。
――「お前が信じる正義が本当に正義か、暴走したものではないか。一度考え直してみたらどうだ?」
ジャレッドは確かにその言葉で男を諭していた。迷いがあるようだった男は、自分なりに納得をしていたようだったが、まだ何かを抱えているようにも見えた。
「ねえ、メルヴィンさん。この町の正義についてどう思いますか? 別に、僕たちが正義のために行動しているとは思っていないんですけど」
「正義? 俺はその言葉が嫌いだ。俺の知る悪人どもは、揃いも揃って正義という言葉を振りかざしていた。言ってしまえばそれで勝ち、というような世界だ。こっち側で見ても変わらねえ。この町の治安を維持しているあの野郎を見ればよく分かる。たとえば――」
メルヴィンはそう言いかけて口をつぐむ。
彼が口にしようとしたことは、ダリルが知るには重すぎる現実だ。これまで、現実を見るようなチャンスもなかったダリルに言うべきことなのだろうか、とメルヴィンは悩む。きっとこれを言えばダリルは絶望するだろう。いや、ダリルはすでに絶望していたのだろうか。
「何、黙っているんですか。言ってくださいよ。僕だってデーモンボーイズの一員じゃないですか。それに、少しぐらいダーティーな世界なんて見ていますよ」
と、ダリルは言った。
「いいだろう。お前が絶望したところで俺は何も言わないが、アンデッドも治安維持しているやつらがやったことだ。ルーファスが死んだのにもそれがかかわっているし。彼らがいたところで俺たちには何のメリットもねえ。この町はゆっくりと滅びていくだけだ」
メルヴィンがそう言うと、ダリルは笑みを浮かべていた。
それは正気の沙汰ではない。ダリルは絶望を通り越して発狂してしまったのだろうか、とメルヴィンは勘繰った。
だが。
「滅びていくんですね、いずれ。わかっていましたよ。だから僕はこの町に残ることを決めていたんです」
顔を上げたダリルは光を失った目を見開き、薄ら笑いを浮かべながら言葉を発していた。
「ダリル……?」
「僕はその気になればこの町を出ていくことができました。ジャレッドさんにお世話になる前に。ジャレッドさんから逃げることを提案されたときに。でも、僕はタリスマンの町に残りました。なぜだと思いますか? この町が滅びていく姿をこの目に収めたいからです。滅びる姿を見ながら、僕も一緒に朽ちてゆく。想像するだけで、勃起しちゃいそうなんですよね……フフ……」
「わかった、もう喋るな」
と、メルヴィンは言う。
度胸があるのだろうと考えられたダリルはただの破滅願望と倒錯した性癖を持つ少年だった。彼がいたところでデーモンボーイズにもタリスマンの町にも滅びしかない。
ダリルが少しずつ狂っていったのではない。最初から狂っていたにすぎないのだ。
「ああ、そうですね。少し喋りすぎました。とにかく、僕は終わりを見届けたいんです。性癖……も関係ありますけど」
「それは見ていてもよくわかる。だがな、お前はちょいと不幸に酔いすぎじゃないか? 自分が不幸に酔って、それを自慢するような、な」
メルヴィンはそう言ってダリルの顔を見た。
「そう見えますか? 不幸であることが僕のアイデンティティなんです。だから――」
「ふざけるのも大概にしろ! 失望したぞ、ダリル」
メルヴィンはそう言って、建物の屋根から飛び降りた。
屋根に遺されたのはダリル1人だけ。ダリルはため息をつき、メルヴィンがいない方向を見た。
その方向にはバイクに乗った男女4人がやって来るのが見えた。彼らの目的はダリルにもわからなかったが、彼らがタリスマン支部の人間ではないことくらいはわかる。
「彼らは敵なのか? それとも。彼らの目的も知りたい」
ダリルは呟いた。
「僕はここにいる。ここであなた達を待っている。あなた達は僕の敵なのか?」
緑髪の女とダリルの目が合った。彼女に敵意はないようだったが、どこか警戒しているようで。「降りてこい」という意味のハンドサインをダリルに向けた。
ダリルはイデアを展開し、地面に飛び降りた。




