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9 死に急いでいる

 クレヴィックは路地を抜けた。ブリトニー曰く、隣の通りにもう1人の敵が現れるとのことだったが。

 彼女の言葉はどこか現実離れしていたものの、説得力だけはあった。きっと、自分の知らないところでとんでもないものを見たのだろう。もしくは、エリオットという男の能力を直接体験したからこそ何かをしっているのだろう。

 今、この瞬間。


 トミーの前に現れるクレヴィック。困惑するトミーを目の前にして、クレヴィックはその手に鎖を出現させた。


「君だろう? ワイヤー使いは」


 と、クレヴィックは言った。


「ちっ……なぜわかった! 俺は情報を漏らしてなんか……」


「おっと、私は片っ端から聞いていくつもりだったが、どうやら最初から引き当てることができたようだね」


 クレヴィックの言葉を聞き、トミーは自分の置かれた状況をそれなりに理解した。

 嵌められた。エリオットがいれば気づくことができたのかもしれないが、今彼はいない。トミーは早々にクレヴィックを片付けようとその手にピアノ線を出現させた。これがトミーの能力。

 対するクレヴィックも鎖をピアノ線にぶつけようと構えていた。

 そして。


「兄弟……こいつをなんとかすりゃあいいんだろ。必ず生きて会うぜ」


 独り言をつぶやいたトミーはピアノ線を伸ばし、クレヴィックの首を落とそうとした。だが――


 ピアノ線に向けて放たれる鎖。すべてを切断するピアノ線は鎖に絡みつく。本来、触れれば触れたものを切断するはずのピアノ線。鎖に絡みついたそれは、鎖を切断することもない。

 トミーも自身の能力の弱点はよく知っていた。それは、イデアによって形作られるものを切断することはできないということ。つまり、イデアそのものであるクレヴィックの鎖を切断することもかなわない。

 トミーはピアノ線を消滅させた。狙うべきはクレヴィックの首。


「生き急いでいるね? もしくは死に急いでいる」


 クレヴィックの言葉は的確にトミーの心を揺さぶった。それは如実に彼の顔に現れ――


「黙れ……俺が死んでたまるかよ。いや、最終的に俺が死んでもあんただって道連れだぜ……」


 トミーは目を見開き、クレヴィックの首筋に向けてピアノ線を撃った。

 クレヴィックは左側の鎖を操ってピアノ線を捕らえる。やはりピアノ線は鎖に絡みつく。さらに追い打ちをかけるように、クレヴィックは別の鎖を放った。まっすぐに進む鎖はトミーの右腕を捉えた。


 ――確かにこいつは強い。何人も人を殺してきた顔をしている。だが、だから何だ。


 捕らわれたままではあったが、トミーはもう一度ピアノ線を消した。彼の意図は――

 クレヴィックは次の攻撃に備えて鎖を出現させていた。その先端には鋭く尖った刃物が取り付けられている。

 トミーも自由な左手にもう一度ピアノ線を出現させた。


 ピアノ線がトミーの首を切断するのが先か。鎖の先端がトミーを捉え――その心臓を貫くのが先か。

 2人の間にはピリピリとした空気が流れていた。


「くらえ……! てめえの首も斬り落としてやる!」


 ピアノ線が伸びる。

 一瞬遅れてクレヴィックは鎖を放つ。だが、鎖が届くのが遅かった。ピアノ線が絡みついたのはクレヴィックの右腕。少し触れただけであったが、ピアノ線はクレヴィックの腕に食い込む。そして、腕を斬り落とす。

 傷口からは血が溢れ出る。


「……やられたな。だが、君の自由もないに等しい。私の決定打もなくなったがね」


 腕を失い、激しい痛みを覚えているはずのクレヴィック。だが、彼はその様子を見せはしない。いや、興奮しているのだろうか。

 トミーの眉毛がぴくりと動く。


「依然としてヘラヘラしていられんのか。相当な精神力だな? そのツラを絶望したツラに変えてやるよ」


 と、トミーは言う。


「果たしてそれができると思っているのかい? 痛みごときで私を屈服させられると思わない方がいい」


 クレヴィックは答えた。

 このとき、トミーは気づく。クレヴィックの息は荒い。痛みにあえいでいるというよりは、興奮している。


 そんな中でも、クレヴィックは鎖をさらに伸ばしていた。狙うは首。

 トミーもそれに気づき、もう一度左手にピアノ線を出現させていた。そんなとき。


「クレヴィック所長。これはどういうことなんですか」


 その声とともに、トミーが突き上げられる。クレヴィックは咄嗟に鎖を消した――体は宙を舞ったが。

 クレヴィックが宙を舞いながら見たのは、アディナの姿。おそらくこれもアディナがやった。

 彼女はクレヴィックと目が合うと、「ふっ」と笑った。


「いいところで来てくれた。片手を無くしてしまってね」


 着地したクレヴィックは言った。


「それはわかる。あのワイヤー使いと戦っていたんだろう?」


 と、アディナ。

 彼女はクレヴィックにこれ以上何も言うことなくトミーに攻撃を仕掛ける。相手の動きはよくわかっていないが、彼女の操る地面の棘によってトミーの足の甲に穴が空く。

 痛みでトミーの顔が歪む。

 アディナはまだ、攻撃をやめない。今度は、体全体を貫く。

 トミーはアディナの攻撃に気づき、それを躱す。が、狙っていたかのようにクレヴィックが鎖を放つ。鎖はトミーの存在を認識し、彼の脚に絡みつく。


「今だ、アディナ!」


 と、クレヴィックは叫ぶ。

 アディナは無言で頷き、地面を踏みしめる。その脚から地面に伝わったイデア。地面は形状を変えて下からトミーに突き刺さる。

 肛門から内臓。首。脳。頭蓋骨まで突き破った地面の棘は、トミーの頭から顔を出す。その姿は串刺し処刑された罪人のようだった。

 息絶えたトミーの傷口から鮮血が滴る。


「……やった」


 息が詰まる思いだったアディナは「フゥ」と息を吐いた。

 時間としてはそれほどでもなかったが、とてつもなく長い時間戦っていたような気分。それがアディナの感じているものだった。が、何が長い時間だったのか、アディナにはわからなかった。


「よくやったよ、アディナ。ブリトニーも上手くやってくれているといいが」


 切れた腕に布を巻きながらクレヴィックは言った。


「彼女ならうまくやってくれるはず。あと、クレヴィック所長は私たちの本拠に行ってくれる? その腕で戦い続けられるわけがないし、下手したら破傷風になってしまう。ここはこんなに汚い町なんだから」


 と、アディナ。


「悪いね。そうさせてもらおうか。破傷風なんてわかっているからこそ、ね」


 クレヴィックはそう言って踵を返し、ダウンタウンの入り口に向かっていった。


 アディナもブリトニーを気にして路地裏に入る。時をループさせる敵を相手取ると言っていた彼女は今どうしているのだろう。


 路地を抜けたその先。アディナは無惨な死体とブリトニーを目にすることとなる。


「よう、アディナ。こっちも片付いたぜ。生きてて何よりだ」


 と、ブリトニー。彼女はそう言うだけにはとどまらず、アディナに近づくと彼女を抱きしめた。


「珍しいね。こんな一面もあったなんて」


「そりゃ、あるに決まってるだろ! あたし、冷血じゃねえし人並みの愛情あるから!」


 ブリトニーは言う。

 アディナは表情が緩み、ブリトニーの背中に手をまわした。


「私も、あんたが生きていてよかったと思っている。本心からね」


 アディナもブリトニーに応えるように言った。


 これから向かう場所は刑務所。トミーとエリオットの妨害で遅れを取った2人はとめてあったバイクの方に向かった。



エリオット&トミー戦解説

作中でループした回数はブリトニーが認識しただけで3回です。

1巡目のまま進んでいればゲオルド、アディナ、マルセルは死んだままでした。ですが、相棒を失ったうえに火傷の痛みで錯乱したエリオットが戦闘が始まる前まで時間を戻していたのでアディナ達が死んだ戦闘がなかったことになり、ブリトニーとエリオットの行動で結果が変わったというわけです。

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