11.皇都に到着、羊料理を作ろう
レティシア達は、エッゾの皇都サッ・ポロへと馬車を使って移動していた。
つい先日まで彼女らがいたのは、現実で言うところの函館にあたる港町ウスケシ。そこからサッ・ポロまでは、およそ三百キロメートルほど離れている。
現代の自動車であれば、四時間程で着く距離ではある。しかし、ここは異世界だ。道路がまともに舗装されていない上に、魔物が多く出没する危険な道は迂回せざるを得ない。
しかも、移動手段は馬車である。速度にして時速十キロメートル出れば良い方だろう。単純計算でも、三十時間以上はかかる距離なのだ。
当然、馬車を引く馬も生き物であるため、途中でこまめに休息を取らせる必要がある。
不眠不休で連続して走らせるわけにはいかないので、通常であれば二~三日くらいは最低でもかかる、はずであった。
「サッ・ポロ、着きましたね!」
「な、なんですってえ……!?」
……御者台に座るヒュースが、悲鳴のような声を張り上げた。目の前には……見上げるほどに分厚く、堅牢な外壁に囲まれた巨大な都市がそびえ立っている。そう……ここがエッゾの皇都、サッ・ポロだ。
「あ、あ、ありえない……! 馬車で最低でも三日ほどかかるはずなのにっ。半日もたたずに到着するなんてっ」
馬車を運転していたのはヒュース自身だ。彼女も道中、確かにいつもより馬車の進みが異常に速いなとは思っていた。だが……まさか通常の六倍以上の凄まじい速度で走破していたとは、思いもよらなかった様子である。
(スピードメーターなんて便利なもの、馬車にはありませんものね)
レティシアが、馬車を引いてくれた二頭の馬の鼻面を、優しく手で撫でる。
「たくさん頑張ってくれてありがとうねっ。はい、特製の芋餅よ」
馬が食べてもいいように、塩分等を極力控えめに調整した、馬用の美味しい芋餅を食べさせる。
「い、一体どんな強力な魔法を……」
「魔法なんて使っておりませんよ。だいたい、魔力ゼロの私に魔法が使えるわけがないじゃありませんか~」
「そ、それは確かに……。じゃ、じゃあ一体どうやって……」
レティシアの目には、無数の精霊たちの姿が見えている。馬の背に乗って応援している精霊。馬車の車輪からひょっこりと這い出てくる精霊。
「活力の精霊さんと、滑車の精霊さんのお力ですよ。ありがとー!」
うぉー! と、精霊達が一斉に小さな拳を突き上げる。馬に底なしの活力を与え、車輪の摩擦を極限まで減らしてなめらかに回す精霊たちが、レティシアの料理のためにその本領を発揮したまでである。
「精霊を使役する術を持っておられるなんて……それが加護なしの身でだなんて……凄すぎます……」
「いいえ、使役なんてしておりませんよ。彼らが自発的に、お力を貸してくださっているだけですわ」
いつの間にか、レティシアの前には、精霊達が綺麗に一列に並んでいた。どうやら、頑張ったご褒美のおかわりが欲しいらしい。
「……あれだけ大量にあった芋餅が、あっという間に虚空へ消えていく……うーむ……本当に精霊が存在するのですね……」
ヒュースの目には、レティシア達と違って精霊の姿は何も見えない。だが、芋餅(実物)が宙に浮き、見えない何かにかじり取られて消えていく様子だけははっきりと見えているのだ。
「これで『ただの令嬢』などと謙遜されるのは、少し無理がありませんか……?」
「私自身が凄いわけではございませんから、ただの令嬢に他なりませんわ」
きっぱりと、レティシアは断言する。確かに転生者として、前世の豊かな知識はある。だが、物語によくあるような転生者チートや、それこそこの世界の絶対的な力である『加護』という恩恵は一切受けられていないのだ。
無論、魔法も使えない。その絶対的な事実が早い段階でわかっているからこそ、レティシアは自身を「たいしたことのない普通の人間」だと、深く自覚しているのである。
「くっくく……」
「あっ。ルーク、今笑いましたね」
「笑っていない」
「いーえ、絶対に笑いました。もー。人を小馬鹿にするなんてよくありませんよー」
そんな気の置けない二人のやりとりを見て、ヒュースがなんだか感動したように目頭を押さえていた。
「どうかなさいましたか、ヒュースさん?」
「いえ……坊ちゃんが本当に幸せそうで良かったなと……」
「? まあ、とりあえず、街の中へ入りましょうよ」
「ですね」
サッ・ポロの街は、周囲を堅牢で分厚い外壁でぐるりと囲まれていた。どうやら魔物の侵入を防ぐための防壁らしい。
物々しい二重の鉄格子扉を抜ける。
「あれ、街の中……思ったより寒くありませんね」
馬車の窓から顔を覗かせ、レティシアが驚いたように言う。外は身も凍るような極寒だった。
しかし、外壁の内側は平均的……というか、外と比べるとかなり温かいのだ。
馬車が街の中心へと進むに連れて、気温も少しずつ上がってきているように感じられた。
「アレの恩恵だ」
「あれ……って、あれって! 電波塔じゃありませんか!」
ルークが指さした先にそびえ立っていたのは、街の中心に建つひときわ巨大な塔だ。
現実の札幌にある『さっぽろテレビ塔』。その意匠に酷似した、巨大な塔が立っているのである。
中世風の異世界ファンタジーには全く似つかわしくない、鉄骨と機械めいたデザインの異質な塔だ。
「あれは、【疑似太陽の塔】だ」
「……どこかから怒られません? その直球なネーミング」
「どこの誰にだ」
(そういえば……ゲームの設定資料集にもあったわね。疑似太陽の塔。確か、超高度な魔道具で、大気中の魔力を吸収して人工太陽の役割を果たしているって……)
だからこそ、街の中は外の極寒と比べてこれほどまでに温かかったのだろう。
「あんな立派な魔道具なんて、存在しましたっけ? たしかエッゾって、魔道具の技術があまり発達していない国だと……」
「我が皇族の祖先にして大英雄、天才魔導士ノア・カーター氏が作り上げた、超ハイテクな特級魔道具なのだ」
「はへー……ハイテク魔道具……」
「ああ。だが、その天才にしか作れぬ代物だからな。完全に壊れてしまえば終わりだ。今は疑似太陽の塔をどうにかメンテしながら、騙し騙し暮らしている状態だ。だが……年々その稼働率と出力は下がってきているのだ」
「なるほど……いわゆるロストテクノロジーというやつですね」
ゲームの原作は、『ゲータ・ニィガ』――つまり、つい先日までレティシアが居た国をメインの舞台として進行する。ゆえに、レティシアはエッゾという国についての裏設定を、最低限のことしか知らないのだ。
(細かい歴史的背景までは知らないのよね……)
現実の北海道の厳しい寒さを、そのまま異世界ファンタジーに持ち込まれたら、きっともっと人口は少なかっただろう。
しかし、魔道具という独自の技術が残されているおかげで、この凍てつく北の地でも、多くの人々が暮らしを営めているようだ。
「安いよ安いよー!」「つかれたー」「ままー、おなかすいたー」
(ふむ……『加護絶対主義の国』って聞いていたから、どんな殺伐とした恐ろしい国かと思ったけれど……案外、活気があって治安も良さそうね)
あからさまな盗みや暴力といった犯罪が起きている様子は、大通りを見る限り全く無い。
分厚く着込んだ人々が、普通に生活を送っている。女性や子供も、当たり前のように外を出歩いてはいるようだ。
……だが、どうしても気になることが一つあった。
「皆様……なんだか首に、変なものを巻いていますね。あれはチョーカーですか?」
街を歩く多くの人たちが、首に布製や木製のチョーカーを巻いているのだ。
(そういえば、ヒュースさんもチョーカーを巻いているわね。あちらは金属製みたいだけれど。でも……)
「ルークは巻いていらっしゃいませんね」
「……まあな」
ひどく浮かない顔をするルーク。その首元には、何も……巻かれていない。ただ、白い肌が晒されているだけだ。
「……加護のレア度(強さ)によって、身につけるチョーカーの種類が厳格に定められているのです」
「……なんですの、それは」
「加護には一級、二級、三級と、明確な等級分けがなされているのです」
(エッゾ独自の、階級社会の文化なんだろうな……)
一級は金属。二級は布。三級は木製のチョーカーを嵌めることが義務付けられているようだ。
……そして。
「加護を持たない者は、チョーカーなし……と」
「……そういうことです」
ヒュースが辛そうな表情で小さく頷く。
「どうしてこんな酷いことをするのですか? これでは、無用な差別を助長するだけですわ」
「……加護の強い者が、このエッゾでは絶対的に優遇される。そういう社会構造をしてしまっているのです」
確かに、『試される地』エッゾの環境はあまりにも過酷だ。そこを生き抜くだけでなく、住まう人々を守り抜くためには、より強く優れた加護が絶対に必要となる。
強い加護を持つ者を多く生み出すためには、「強い加護を持ちたい、偉くなりたい」と思わせるような、行政的かつ特権的な取り組みが必要だった。それが、チョーカーによる『身分の視覚化』だったのだろう。
(なんだか、すごく嫌な感じ……。差別を助長するようなシステム、どうして平気で運用できるのかしら……。これじゃあ……ルークが可哀想だわ)
レティシアは、隣に座るルークの大きな手をきゅっ、と優しく握りしめた。
「仲間ですね、私たち」
「! そうだな……」
ほんの少しだけ、ルークの険しい表情が緩んだ。
「太陽の塔のおかげで気温が温かいとはいえ……雪はしっかりと残っているのですね」
「吹雪そのものが完全に止むわけじゃないからな」
「でも、今は綺麗に止んでますけれど……?」
「それは、お前に手懐けられた精霊達のおかげだろう?」
レティシアの絶品料理を食った天気の精霊が、恩返しとばかりに馬車周辺の吹雪をピンポイントで止めてくれているのだ。これはエッゾの歴史上でも、極めてイレギュラーな事例らしい。
「普段は常に雪が降っているのだ。人工太陽があるとはいえ、自然の降雪までは止められない。天気を魔道具で直接操るわけではないからな」
それに、人工太陽は夜間には出力を落とし、稼働しないのだという。
雪かきのあと、高く積まれた雪の山が、店先のあちこちで見て取れる。
綺麗に整備された石畳の通りからは、少量の水がちょろちょろと絶え間なく流れ出ていた。
「どうして道路からお水が出ているのですか?」
「路面の凍結を防ぐためだ。常に一定の水が流れていれば、完全に凍り付くことはない」
「なるほど……雪国ならではの、素晴らしい工夫があるようですね」
(チョーカーによる加護者の差別はひどいけれど、物理的には暮らしやすそうな街ではありそうね)
と、レティシアが感心していたその時だった。
ふわり……と。風に乗って、ひどく鼻を突く、匂いが流れてきたのである。
「お肉の焼ける……良い匂い……!」
「ああ。あそこの露店で肉でも焼いて……って、おいっ」
ルークが止めるよりも早く、レティシアは馬車のドアを開けて飛び降りると、すたすたすたと軽快な足取りで走って行ってしまった。
「……アイツ、見た目によらず、とんでもなくお転婆だな。ヒュース、馬車を止めろ」
◇
レティシアは背後で呆れているルークをよそに、匂いの元である露店へと一目散に向かった。
「さぁ、仕入れたばかりの極上羊肉だよ! 美味しいよー!」
布チョーカー(二級加護)を首に巻いた、ごつい顔の男が、串に刺さった大きな肉を店先で豪快に焼いていた。
「マトンだわ……!」
羊肉独特の、少しクセのある匂いを嗅ぎながら、レティシアは目をキラキラと輝かせる。
「おじさんおじさんっ。そのマトン串、一本ちょうだいっ」
「……ああ? あんた……チョーカーしてねえな。ひょっとして……加護なしか?」
一瞬で、男の愛想の良い顔が曇った。
「そうですよ」
「ふんっ。加護なしの無能に食わせる肉なんてねえよ。とっとと帰りな」
男は実に不愉快そうに、シッシッと手を振る。どうやら、加護の有無による強烈な差別意識が働いたようだった。しかし……。
「あれ!? いつの間に……」
男の分厚い手には、マトン串の代金がしっかりと握られていた。そして、視線を戻すと、レティシアはすでに串を手にして、はぐむぐ……と美味しそうに食べているではないか。
レティシアだけではない、彼女の周囲を飛ぶ精霊たちもまた、がじがじと串の端をかじっていた。どうやら、精霊が素早く代金を置いて串をかすめ取ったようだった。
「うーん……」
(マトン独特の獣臭さが全然抜けてないわ。これ、適切な放血処理をしていないのね。普通に食べるよりずっと臭みが強いし。お肉にただ塩を振って焼いただけかしら。やっぱりこちらの世界の調理法は、未熟もいいところね)
「ごちそうさまでした」
「てめえ……勝手に店の商品を盗みやがって!」
「ちゃんと代金はお支払いしましたよ」
「そうだけどよ! 加護なしにくれてやる肉はねえって言ってんだろ……」
と、そこへ……。
「……俺を呼んだか?」
「ひっ……! る、る、ルーク第三皇子殿下……っ」
ぎろり、と。ルークが冷酷な目で男を睨みつける。すると、男は完全にビビり上がってしまったのか、本当に腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
(狂犬皇子を心底恐れているのね……。たとえ彼が加護なしだとしても……)
「この男に、何か酷いことをされたのか、レティシア?」
「ひぃいいい! 命だけは、命だけはご勘弁をぉおおおおお!」
男が地面に額を擦りつけ、何度も激しく頭を下げる。どうやら、ルークに理不尽に殺されると思い込んでいるらしい。
(なんと言う甚だしい勘違い……。ルークにそんな気、サラサラないのにね。顔がちょっと怖いのと、大袈裟な噂のせいで、こんな風になっちゃうのかしら)
「何もされていませんよ。ただ、このマトン串を買っていただいたたけです」
「……羊の肉など、臭くて不味くて食えた代物ではないだろう」
ふんっ、とルークが小馬鹿にするように鼻を鳴らす。そんな彼に……。
「こら」
ぺんっ、と。レティシアは容赦無く、ルークの頭を軽く叩いた。
「!? きょ、狂犬の頭を叩いたぁ……! じょ、嬢ちゃん! なんて命知らずなことを……」
(ほんと、世間ではそういう酷い扱いなのね……)
「お料理を馬鹿にしてはいけません。この人が一生懸命に作ったんですからね」
ルークはムッとした表情を浮かべるものの、「……そうだな」と素直に言って頭を下げる。
(……えっ? あの狂犬が、素直に謝った……? しかも、加護なしの小娘に怒られて……?)
あまりの信じられない光景に、店主は腰を抜かしたまま、恐怖すら忘れてポカンと口を開けていた。
「ごめんなさいね、ご主人。うちのルークがご迷惑をおかけして」
「あ、いや……別に……(なんだこの状況……)」
「あ、そうだわ。お詫びに、マトンのお肉が余っていたら、私に売ってくれませんか?」
「え、あ、そりゃあいいけど……(って、俺もなんで普通に相槌打ってんだ?)」
店主は完全に毒気を抜かれたように立ち上がりながら、困惑顔で尋ねる。
「でも嬢ちゃん、マトンなんて大量に買ってどうするんだ?」
「とびきり美味しいマトン料理を、後で作ろうかなって」
「はぁあ……?」
店主の男も、そしてルークですら、心底理解できないというような表情を浮かべる。
「嬢ちゃん……おれが言うのもなんだけどさ、あんまり美味くねえぞ、マトンってのは」
「……そこの男の言う通りだが、お前がそれを言うな。売っている本人が」
「いや、まあそうですけどよ……」と男が気まずそうに頭を掻く。
するとレティシアが「とんでもない!」と力強く首を横に振った。
「マトンは、とっても美味しくする方法だってちゃんとありますよ!」
「いや、ねえよ」
男はそこだけは譲れないのか、きっぱりと否定する。
「生まれた時から、羊の肉が持つ独特な獣臭さは……絶対に消せないんだ。生まれつきのもんなんだから、どうしようもねえんだよ。美味く生まれなかったのが、そいつの運の尽きさ」
……どこか、加護という生まれつきの運命と重ね合わせているような、諦めたような口ぶりの男。
「いいえ! 決してそんなことはありませんよっ。どんな食材も、調理法一つで、最高に美味しく作れます! 信じられないなら、私が証明してみせますよ! 店主さん、ちょっと台所を貸してくれませんか?」
レティシアは、料理は『愛情』だと思っている。どんな癖のある食材だって、真心込めて作れば、必ず最高に美味しい料理になると信じているのだ。
だからこそ……生まれつきだからと最初から諦めている、この店主の男の言動を、どうしても許容できなかったのである。
「そりゃあいいけどよ……」
「よしっ。じゃあ、お借りしますね!」
と言って、レティシアは腕まくりをしながら、店の奥の厨房へとズンズン入っていく。
残された店主が、恐る恐るルークに尋ねる。
「第三皇子殿下……あの少し変わったお嬢さんは、一体……?」
「見てわからんか?」
ルークが、呆れたような、けれどどこか嬉しそうな苦笑を浮かべながら言う。
「とびきりの変人だ」
【作者からお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
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