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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第一章 辺境の開業医(第1〜10話)

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第4話 追放される外科医、微笑む

【前回まで】王女の命を救った代償は、裁きの間。

 ――ここから、この物語は「追放もの」になる。


 左遷を告げられた人間の反応は、だいたい三つに分かれる。


 怒る。腐る。あるいは──市場を調べ始める。


 俺は、三番目だった。


    ◇


 裁きの間の石の床は、氷のように冷たかった。


 膝をついてから、半刻。冷たさは膝から腰へ、腰から背骨へと這い上がってくる。


 前世の会議室にも、これとよく似た空気があった。結論はとうに決まっていて、あとはそれを読み上げる手続きだけが残っている――あの空気だ。


 罪状:王族傷害、および教義への冒涜。


 神官長が、朗々と読み上げる。


「本来なら死罪。しかし王女殿下の回復に免じ、恩情をもって──北の辺境、フロンティア領への永久追放とする!」


 (……なるほど。命を救われた事実は、消せない。だが教会の権威のためには、俺を"なかったこと"にする必要がある、と)


 前世でも、散々見た。組織の論理が、正しさを潰す瞬間を。


「何か申し開きはあるか、罪人よ」


 俺は顔を上げた。そして──笑った。


「一つだけ。感謝を申し上げたい」


 ざわめく法廷。


「王都の施療院の記録を、この三日で読ませてもらった。過去十年の死亡記録、およそ四千件。俺のスキルで集計したところ──その四割が、適切な処置なら防げた死だ」


 俺は、指を折って数え上げた。


「産褥熱。外傷後感染。脱水。原因の大半は、汚れた手と、汚れた水と、『呪い』という名の思考停止」


────────────────


【アナリティクス】王都施療院 死亡記録 n=4,127


回避可能死亡推定:41.3%(95%信頼区間 38.9–43.7)

 〈回避可能死亡=間に合っていれば助かったはずの死〉

 〈95%信頼区間=「本当の値は、ほぼこの幅の中に収まる」という誤差の範囲〉


────────────────


「この王都で、俺は永遠に『異端』だ。何を言っても教会が潰す。だが辺境なら──ゼロから、正しい医療を作れる」


 俺は、居並ぶ貴族たちを見渡した。


「データを取り、人を育て、仕組みを作る。十年後、どちらの領地で人が長生きしているか、比べてみるといい」


「き、貴様……追放されるというのに、なぜ笑っていられる!」


「なぜ?」


 俺は立ち上がり、膝の埃を払った。


「左遷先で新規事業を立ち上げるのは、二度目だからだ」


    ◇


 法廷の隅で、聖女エリスがじっと俺を見ていた。


 何かを言いかけて、しかし言葉を飲み込むように、固く唇を結んで。


 その菫色の瞳には、反発ではなく迷いがあった。


 王女を救った針を認めれば、自分が信じてきたものが揺らぐ。それでも彼女は、俺から目を逸らさなかった。


 敵ではない。まだ、同じ答えに辿り着いていないだけだ。


    ◇


 三日後。俺は護送馬車に揺られ、北の果てへと運ばれていった。


 フロンティア領。人口およそ八千。冬は長く、医者はゼロ。


 乳児の三人に一人が、五歳を迎えられずに死ぬ土地。


 馬車の中で、俺は視界に「帳簿」を展開する。


────────────────


【レジャー】起業計画:フロンティア診療所(仮)


初期資本:銀貨30枚(全財産)

資産:医学知識、統計スキル、経営スキル、両手


市場環境:競合ゼロ/需要無限/支払能力極小/信用ゼロ


推奨戦略:フリーミアム型地域医療

  まず無料で「見える成果」を出し、信用を獲得せよ


────────────────


 (さて──開業だ)


    ◇


 道中、御者は退屈しのぎに、よく喋る男だった。


「罪人さんよ、北ってのはひでえところだぞ。冬は三月も雪だ。医者もいねえ」


「知ってる」


「知っててその面か。変わってるねえ、あんた」


 男は鼻を鳴らし、それから思い出したように付け加えた。


「ああ、そうだ。もっと北にはな、イルガとかいう連中が住んでてよ。あいつら、腐ったパンの青カビを、傷に貼るんだと。野蛮だろ」


 俺は笑って、聞き流した。


 その一言の意味を理解するまでに、俺はこの世界で、数年を費やすことになる。


    ◇


 馬車が止まる。扉が開き、突き刺すような北風と共に、御者が面倒くさそうに言った。


「着いたぞ、罪人さん。……ああ、それと。村に入るなら気をつけな。今あそこは流行り病で、棺桶が足りてねえそうだ」


 ──上等だ。


 俺の異世界二度目のキャリアは、パンデミックの真っ只中から始まった。


 馬車が村の外れに入ると、道端に子どもが二人、しゃがんでいた。


 痩せていた。目だけが、異様に大きい。


 彼らは俺を見ても逃げず、ただ、じっと見上げていた。鼻が垂れているのに、拭う元気もないらしい。


 (……ここが、俺の新しい病院だ)



【今回のカルテ】


回避可能死亡:適切な医療体制があれば防げた可能性のある死。


【たとえるなら】回避可能死亡とは、"間に合っていれば助かったはずの死"を数えた数字。事故統計に「防げた事故」の欄を作るのと同じである。


【次回】第5話「辺境開業、初日の患者はゼロ人」

 医者ゼロ、信用ゼロ、患者ゼロ。異世界の開業医が最初に売るのは、薬ではなく「信用」である。


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