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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第四章 地図の外側で(第31〜40話+エピローグ)

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第36話 効かない薬 ― 港町の異変


【今回の謎】同じ薬、同じ病、同じ量。なのに、この町でだけ効かない。

 ――薬が変わったのではない。変わったのは、菌の側である。




 薬が効かなくなる病、というものがある。


 正確には――薬を効かなくさせた人間がいる、というべきだ。


 港町ミレナの診療所は、廊下まで寝台が並んでいた。


 どの患者も、同じ薬を飲んでいた。同じ量を、同じ日数。


 そして、同じように、熱が下がらなかった。


 最初の報告は、南の港町ミレナからだった。


「白き粉が、効きません」


 商船が集まる交易港。人口三万。同盟の記録網に登録された、大陸で最も薬の消費量が多い町。


 俺と社代が駆けつけた時、町の診療所は、既に地獄になっていた。


 傷が治らない。肺の病が悪化する。産後の女性が高熱を出して死ぬ。──どれも、白い粉を投与しているにもかかわらず。


────────────────


【VINDICATE】対象:創部感染患者(複数)


起因菌:通常株ではない。抗菌物質への感受性、著明に低下

 〈感受性=薬の効きやすさ。この菌には、ほとんど効かなくなっている〉

判定:薬剤耐性菌 〈薬が効かなくなった菌〉

発生源推定:長期・低用量・不適切適応での抗菌物質曝露が集中した地域

 〈必要のない人にまで、中途半端な量を、長く配り続けた場所。そこで耐性菌は生まれる〉


──すなわち、この港町


────────────────


 社代が、患者の並ぶ病棟の前で、立ち尽くしていた。


「……俺が、やったんだな」


「ああ」俺は、隠さなかった。「あんたが一年間、風邪にも腹痛にも売り続けた。弱い菌は死に、強い菌だけが生き残って増えた。──この町は、耐性菌の培養器になった」


「……俺は……数千人、救ったつもりで……」


「救ったのは事実だ」俺は言った。「そして、これから死ぬ人間を作ったのも、事実だ。両方を背負え。──それが、薬を扱うということだ」


 社代の膝が、震えた。だが彼は、崩れ落ちなかった。


「……何をすればいい」


「よし。──動くぞ」


 俺は、その場で指揮を執った。


────────────────


【レジャー】耐性菌 封じ込め作戦


①販売の即時全面停止(社代商会の全在庫を同盟が接収)


②感染制御:患者の隔離、手指衛生の徹底、器具の煮沸


③代替治療:耐性菌には切開排膿・壊死組織除去などの外科的処置を主軸に


④エリスの回復魔法:術後管理へ集中投入


⑤シャーニの北の株:異なる産地のカビ株からの抽出液を試験投与

 〈交差耐性=片方の薬に耐性を持った菌が、似た別の薬にも効かなくなること。その有無を確かめる〉


⑥記録:全症例を登録し、耐性菌の広がりを地図化


────────────────


「⑤は、賭けだ」俺はミカゲに言った。「北のカビと南のカビが、違う物質を出している可能性に賭ける。──効くかもしれないし、効かないかもしれない」


 結果は、半分の当たりだった。北の株の抽出液は、耐性菌の一部には効いた。全部ではない。だが、その"一部"が、数十人の命を繋いだ。


 そして最大の効果を上げたのは、最も地味な対策だった。


 手を洗うこと。器具を煮ること。患者を分けること。


 薬が効かなくなった時、最後に残るのは、二百年前の基本だった。


 三週間後。新規発生は止まった。だが、四十三名が死んだ。


 社代は、死者数を「四十三人」と一度も言わなかった。一人ずつ名前を読み、職業を聞き、残された家族を書いた。


 数字で全体を掴むことと、数字に隠れることは違う。俺は彼が最後の名を記すまで、隣で黙って待った。


 その全員の名を、俺は有害事象記録簿に書き入れた。社代は、隣で、一人ずつの名を、震える手で書き写していた。


「……剣崎さん」彼が、ぽつりと言った。「俺は、罰されるべきだ。裁判にかけてくれ」


 俺は、首を振った。


「あんたを吊るしても、誰も救われない。──あんたには、罰より重い仕事をしてもらう」


「……なんだ」


「医薬開発局長として、この四十三人の名前を、制度に刻め」


 俺は、記録簿を彼に押しつけた。


「新しい薬を作る時、必ず問え。『この薬は、どう間違って使われうるか』と。──あんたは、それを身をもって知っている、この世界でただ一人の人間だ」


 社代は、記録簿を胸に抱きしめ、声を上げて泣いた。


 その姿を見ながら、俺はふと、胸の奥に、いつもの鈍い痛みを感じていた。


──最近、その痛みが、少し長引くようになっていることに、俺は気づいていた。


 四十三人目を看取ったのは、明け方だった。


 十九歳の船乗りで、故郷の母親に仕送りをしていたという。枕元には、書きかけの手紙が置かれていた。


 俺は彼の名を記録簿に書き、その横に、こう書き足した。


 〈死因:薬剤耐性菌。真の死因:この薬を、必要のない人にまで配った我々〉




【今回のカルテ】


薬剤耐性:不適切な抗菌薬使用は、薬が効きにくい菌を選び残す。


【たとえるなら】薬剤耐性は、同じ除草剤を撒き続けた畑に、その除草剤の効かない草だけが残る現象。菌が強くなったのではない。弱い菌が、先に消えただけである。


【次回】第37話「心臓の音 ― 医者が患者になる日」

 四十三人を看取った男が、次に開くカルテは、自分自身のものだった。


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